2009年2月13日 (金)

ミニバス試合観戦

娘は3年生だった昨年の3月からミニバスをはじめた。
指導者が熱心にやってくれるので、土曜日も日曜日も朝から晩まで練習をすることが多い。
それまでは、休みになると買い物に行ったり、旨いものを食べに行ったりしていたから、我が家の生活は一変した。

パパも昔は体育会系の部活をやっていて、小学校のころは野球部のキャプテンをやっていたけれども、飽きっぽくって、怠け者だったから、何かと理由をつけては練習をサボって、遊びに出かけていた。

「どうしてミニバスをはじめようと思ったの?」
娘に聞いてみた。
「友だちに誘われたから」
「楽しいの?」
「楽しいよ」
娘の表情は少し複雑だった。

子供は自分の欲望に素直だから、こんな複雑な表情はしない。
「快」、「不快」がはっきりしている。
成長したのだなと思った。

成長することによって、引き受けなければならない辛さがある。楽しみも大きくなるけれども。
そういう年頃になってしまったということが、パパとしては少し寂しい。付き合い方を変えていかなければならないからだ。

最上級生が引退して、4年生の娘にも出番が回ってくるようになった。
ミニバスは登録メンバーは必ず1Qは出場しなければならないというルールがあって、チームはそれほど選手層が厚くない。選手としての責任は重くなる。

娘が出場する試合を観に行った。
以前、パパが試合を観に行くことを歓迎しないようなことを娘が言ったことがあったので、しばらくは遠慮していたのだけれども、試合に出ていると聞くと我慢ができなくなった。

娘の背番号は11番。
番号から見ると、3番目の補欠選手だ。

コートにいる娘はヒョロっとして頼りなさそうに見える。
家にいると「チビ」だけど、同学年の選手の中では一番背が高い。
それだけで、娘には娘の世界があり、どんどん手の届かないところへ行こうとしていることを感じてしまう。

娘の動きはもっと頼りない。自分がどう動けばいいのか分からなくなるようで、ポツンとしていることがある。
それでもたまには空いているスペースを見つけて駆け込んだりするから、親馬鹿かもしれないが、センスは悪くないのではないかと思う。
サッカーを研究して、観戦眼を磨いたばあちゃんは、「頭でプレーしている。身体が自然に動くようにならなければダメだ」と評した。
パパはボールに対する意欲が足りないように思えた。

コートの中の娘にどのような役割が与えられているのか知らない。
けれども、どうやら役割を果たせていないらしい。
コーチから名指しで叱責が飛ぶ。
体育会系の厳しさは分かっているつもりだけれども、身が縮む思いがする。

パパが通っていた中学はバスケットボールが強くて、仲間にはバスケットボールで大学、社会人まで進んだ奴もいる。
ミニバスのコーチも経験した仲間と酒を飲んだときに、聞いたことがある。
「年端も行かない子供たちに、あそこまでキツイ言葉を浴びせる必要があるのか。子供たちを萎縮させるだけではないのか」
「強くしたいと思うとそうなるんだよ」
答えになっていないような気もしたが、妙に納得した。

試合には勝ったけれども、コーチにこっぴどく叱られた娘は、しょんぼりした様子で帰ってきた。

「楽しかったか」
いつものようにパパは訊いた。
「うん」
少し無理をして娘は笑ってみせた。
「そうか・・・楽しくやるのが一番だ。・・・ところで、もっと巧くなりたいか、勝ちたいか」
「巧くならなければ、勝てない」
絞り出すように娘は言った。

それでも・・・やっぱり楽しめるようにならなければ・・・。悲壮な決意だけじゃダメなんだ。
パパはそう思ったけれども、その言葉は飲み込んで、娘の頭を撫でた。

新人戦ははじまったばかりだ。

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2008年10月27日 (月)

パパと娘の休日

この春にミニバスをはじめて以来、娘の休日はほとんど試合、遠征で埋められてきた。
パパは根っからの怠け者なので、そうした毎日には耐えられない。
パパの尺度で考えると、辛いけれど我慢しているのではないかと思っていた。
「(ミニバスは)楽しいか?」と訊くと、笑顔で「楽しい!」と答える。
表情やしぐさから察するに、その言葉に嘘はないようだ。

何が彼女のモチベーションになっているのだろう。

この日曜日、娘は久しぶりの完全OFFだった。
残念ながら、ママは所用で不在。
数日前から、パパと二人きりの休日をどう過ごすか・・・娘よりもパパの方が楽しみにしていた。

早くに起こされ、まずは9時開店の手芸店に行く。
シリコンでできた豆粒ほどのスイーツの模型を大量に購入。缶ペンケースにそれを貼り付けるのだという。
パパにはそれのどこが面白のか分からないが、1個200~300円する模型を楽しそうに選んでいる。
本当はママと相談しながら、選びたかったらしいけれども、ママは不在。
パパはときどき口を挟んでみるけれど、娘は曖昧な表情をするだけで、参考にする気配はない。
2,000円くらいするのかなと思いつつレジへ行くと、5,000円!
自分のおこづかいで買うのだと言っていたけれど、少し足りなくって、残りをパパが出す。
こんなものに5,000円!・・・というのがパパの素直な感想。夕食の後、ママと一緒に貼り付けをするのだと嬉しそうに話す娘とパパとの間に想像以上のギャップがあるのだということを感じる。このギャップは、ママと娘との間にはないのだと思うと、嫉妬心のような気持ちが湧き上がってくる。娘は成長するに従って、パパから離れていく。分かっているけれども分かりたくない寂しい現実が徐々に明らかになっていく。

手芸店からプールに行く。
バタフライを覚えたから見てくれと言う。
娘がスイミングに通いはじめて、もう2年くらいになるだろうか。
バタフライは難しい泳法だ。体力も使う。
ドルフィンキックでできた勢いと身体のしなりで上半身を起こし、息継ぎをする。お尻を持ち上げるようにして、上半身を水の中に潜り込ませ、次のドルフィンキックにつなげる。このタイミングが難しい。勢いが出ないと溺れているようにしか見えない。
娘は25mを泳ぎ切って、ちょっと得意そうな顔をした。
ちょっと前は、パパが泳ぎを教えていて、10mを泳ぐのがやっとだった。
背筋を伸ばすこと、腕を伸ばすこと、そうすれば、人間の身体は自然に浮く。そう教えたけれど、彼女の泳ぎはもがき苦しみ、泳いでいるのか溺れているのか分からないような泳ぎだった。

「100m泳いでみよう。最初はクロールで50m、次の50mは平泳ぎ、まだ泳げそうだったら背泳ぎとバタフライをやろう」
そう言って泳ぎはじめた。
パパは100m泳いだところでいっぱいいっぱい。遊泳コースに外れて、歩きはじめた。
遅れてきた娘もやめると思っていたら、ターンをして泳ぎつづける。パパは歩く。
結局、娘は300m泳いだ。パパは200m歩いた。

少し休んでから、競争した。
結果。クロールは娘の勝利。平泳ぎはパパの勝利。背泳ぎとバタフライは引き分け。
たぶん、何もしなければ、もう数ヶ月でパパは全面的に娘に敵わなくなるだろう。
パパに勝った!と娘に喜んでもらうためには、パパはこっそりトレーニングしなければならないかもしれない。

疲れきって、予定より少し早くプールを後にした。
昼食は、ビュッフェスタイルのレストラン。
パパはこのところ特に食が細くなっていて、娘の旺盛な食欲を目を細めてみている。
パパがギブアップしてからも、娘は食べ続け、デザートもパパがアイスクリームを少し舐めただけなのに、山盛りのアイスクリームを難なく平らげ、さらにプチケーキとぜんざいをいくつか腹に収めた。
大人1,300円、小学生950円という価格設定をレストランは見直すべきだと思う。

パパのご飯茶碗が割れてしまっていて、娘のものもひびが入っていたので、作家さんの陶器が買える雑貨屋さんに行く。
ひびが入っても使い続けている娘がお気に入りの茶碗はここで買ったもの。
店に入ってすぐにお気に召すものをみつけたようだ。
お店の人にもう少し大きいものの方がいいのではないかと、いくつか別のものを勧められて、少し気持ちがうごいたようだけれども、娘は結局第一印象を大事にした。以前から使っている茶碗と同じ作家さんのものだった。

デパートを冷やかしてから帰途に着いた。
筋肉痛で顔を歪ませながらパパが運転する車の後部座席で、娘は眠そうにぼんやりと外を見ていた。

この日の菊花賞。絶対的な本命のいない波乱含みのレースで、私はあまり迷わず春のレースで実績を残しているけれども人気薄の2頭を買った。
上がり馬の1番人気と意外な一頭で決まった。

当たり前のことだけれども、競馬は分からない。乗っているのは他人だし、走っているのは畜生だ。
まして、この先の人生が予想できるわけもない。

けれども確かなこともある。

娘に教えてやれることもだんだん少なくなるなと思いつつ、パパは今夜もビールを飲んでいる。

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2008年9月17日 (水)

早起きをして、毎日歯を磨く必要性について

生後数日の長女、川に投げ死なす 母親逮捕 福島
出産後数日の長女を川へ投げ入れて殺害したとして、福島県警石川署は14日、同県玉川村北須釜、無職、榊枝美紀容疑者(40)を殺人の疑いで逮捕した。「自分で産み、川に投げ入れた」と容疑を認めているという。
調べでは、榊枝容疑者は、12日午後11時ごろから13日午前6時半ごろの間に、出産してから数日の長女を自宅近くの川へ投げ入れて殺害した疑い。13日午後、女児の遺体が川に浮いているのを近所の人が見つけて同署へ通報した。遺体は司法解剖の結果、水死と分かった。
近所の人の話などによると、榊枝容疑者は夫、小学生の長男と同居しているという。
(毎日新聞 9月14日22時42分配信)

イエス・キリストのころ、地球上の人口は2億人。1000年ころ3億人に増えて、1800年ころ10億、1900年ころ20億、1960年ころに30億に増えた。
それから約40年経って、今地球上には約68億人が生息していて、さらにもう40年経つと90億人を超えると言われている。

生き物はすべて増殖することが最初の絶対の真理(意思)として書き込まれているから、人間が増えていくのは、当たり前のことだ。
ところが人間は、いくつかの自分たちに不都合な微生物を駆逐し、淘汰という暴力を封じ込めたことによって、もしかすると、意思に反して、爆発的に増殖したのかもしれない。

地球という惑星がどれだけの生き物を養うことができるのか、定員は明らかにされていないけれども、ひょっとすると、定員を超えようとしているのかもしれない。
定員オーバーのブザーが鳴ったら、最後に乗った人は、次のエレベーターを待たなければならないけれども、もし、エレベーターを1台やり過ごすことが死を意味するとしたら、最後に乗った人がお行儀良く次のエレベーターを待つことは思えない。
弱いものがエレベーターの外に放り出されることになる。

増えすぎて、異常行動を取るネズミの群れのような現象が人間社会にも現れはじめているのだろうか。
母親が子を殺すなんて、地獄の沙汰だ。けれども、最近はこれがそれほど珍しいことでもなくなっている。
似たような現象は日常のそこここにある。

人間の作った仕組みをうまく使う知識を持った者が強者となり、自然の仕組みをうまく使う知恵を持った者が弱者となるのなら、強者しかエレベーターの中に残っていないということになってしまったら・・・。

狩ることなく、耕すことなく、醸すことなく、取引だけが成立するはずもないから、そこから世界は綻びていくだろう。

一人ひとりの人間が自分なりの幸福を追い求めるのは決して悪いことではない。
けれども、私は30億分の1として生まれてきて、恐らく70億分の1くらいで死んでいく。
100年もすれば、地球という惑星の乗組員は大方入れ替わっている。そういう大きな流れの中に自分が置かれているのだと感じたとき、生き方が変わってくるのではないかと思う。

早起きをして、毎日歯を磨くべきなんだ。

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2008年8月20日 (水)

娘の成長~ミニバスの練習試合

娘がミニバスをはじめて、我が家の生活は大きく変わった。
もう5ヶ月になる。

娘がどうしているか気になって仕方がないので、練習を何度かこっそりのぞきに行ったことがある。
娘は違う世界にいる自分を、パパに見られるのを歓迎していない・・・ような気がしたからだ。

お盆休みに練習試合があるというので、観に行ってきた。

2日間連続で8チームが参加する規模の大きな練習試合で、ママは初日の朝からずっとアテンドしていたけれども、パパは用事があって、初日は観に行けなかった。
実は、2日目も最初は観に行くつもりはなかった。やらなければならないことがたくさんあったし、ママと楽しそうに打ち合わせをしているくせに、パパには詳しい日程さえ教えてくれなかったことにへそを曲げていたのだ。
気持ちが変わったのは、初日の練習試合に娘が出場したという話を聞いたからだ。
観たいという気持ちが抑えられなくなった。
それでもグズグズしていると、義妹が一緒に行こうと背中を押してくれた。
義妹と甥っ子2人を連れて会場に向かった。

会場に着くと、午前中の1試合目はすでに終わり、昼休みにあわせて行われる普段出場機会のない下級生たちのエキジビションマッチも半分終わっていた。
ママの情報によれば、1試合目に出場機会はなかったものの、エキジビションマッチには出場したとのことだった。

エキジビションが終わり、次の試合の選手たちがコートに出て練習を始める。
娘も出てきた。少し足を引きずるような仕草をしている。
義妹から「足のマメを潰したらしい」との情報が入る。
甥っ子が娘の名を呼んで声援を送ると、娘は少し戸惑ったような顔をした。

午後からの第1試合に娘は出場しなかった。
次の試合は約90分後。
甥っ子たちがむずがりはじめたので、義妹は帰っていった。
仕事のことが少し気になったけれども、残ることにした。

観覧席に移り、他のチームの試合を観戦する。
娘よりも小さな女の子もいる。彼女らは休むことなくコートを縦横無尽に駆け回る。すごい運動量だ。

高校時代にバスケットをやっていたママには敵わないかもしれないけれど、パパはバスケットボールの試合を観る目が肥えているつもりだ。
パパが通っていた中学はバスケットボールの強豪校で、よく応援に行っていたし、選手の多くは仲間で、一緒にバスケットボールをして遊んでいた。
彼らが高校、大学と進学しても付き合いは続いていて、相当数の試合の応援に行っていた。

娘は第3試合の第2クォーターに出てきた。

守りのときは、直線的にボールに向かいすぎる。仕方がないけれども、流れではなく、ボールを見ているようだ。
もっと広い視野を持つことができれば、誰かがプレッシャーをかければ、ボールがどこに出るか予測がつくはずだ。
攻めのときは、コーチにそう指示されているのだろう、一目散にエンドラインの隅に行って、「見学」している。

それでも何度か娘にボールが渡るときがあり、そのたびにパパはドキドキした。

ミニバスをはじめたころ、こっそり観に行った練習では、ちんたらしているように見えた娘の動きは、見違えるように機敏になっていた。
パパは歩きはじめたころの娘を思い出し、寂しいような、頼もしいような複雑な気持ちになっていた。

家に戻ってきた娘は「疲れた」を連発し、すぐにベッドルームに行った。
娘はまだ一人で寝ることができない甘えん坊なので、アテンド役にはパパが指名された。

「足は大丈夫か?マメが潰れたらしいな。痛いか?」
「痛い」
「痛いという素振りを見せるとコーチに使ってもらえないぞ。試合に出たかったら、痛くてもそんな素振りを見せたらダメだ」
「分かってるよ」
「攻撃のときに、すぐにエンドラインにつくのは、コーチの指示なのか?」
「オフェンスのときはそこにいろと言われているんだ」
「180度からシュートを決める練習をしろ」
「誰もパスをくれないよ」
「決められるようになれば、パスが来るようになる」

バスケットボール選手としては身長の足りなかったパパの同級生は、まさに180度からのシュートの精度を上げることによって、レギュラーの座をつかみ、大学までバスケットボールを続けた。

「そうかなぁ」
「あとな、試合を点で見てはダメだ。ボールの動きではなくて、選手の動きを見るんだ。そうすれば、どこに動けばいいか、何をしたらいいかが分かる」

パパはいつも偉そうな評論家だ。
娘はそれにうんざりしはじめていて、受け答えが上の空になっている。

「それから・・・」
パパが興奮気味に話しかけているのに、プツンと反応がなくなる。
娘は小さな寝息を立てている。疲れたのだろう。

娘の寝顔はまだ幼く、成長したとはいえ、まだ身体は小さい。
指なめの癖もまだ直らない。

まだまだ、パパの腕の中にいるなと思いながら、娘の寝顔をしばらく観察する。
けれども、こうしていられるのも、もうそんなに長くはないのだと感じる。

そっと、ベッドを抜け出して、パパはビールを飲むことにした。

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2008年8月 5日 (火)

娘の沖縄旅行~ハブとマングース

義父、義母と沖縄に出かけていた娘が帰ってきた。

ミニバスをはじめた春以来、娘の生活はミニバス中心になっていた。
はじめたばかりのころは、どんなに疲れていても、初めて経験することが嬉しくてたまらないという様子だったけれども、最近「疲れた」とこぼすようになっていた。
身体は鍛えられているというより、やつれていて、どんな練習をしているのだろうかとパパは心配していた。

沖縄から帰ってきた娘の身体は、少しふっくらとして、ひと回り大きくなったように見えた。
安心した。いい気分転換になったのだろう。
自分からやりたいと言ってはじめたことだから、辞めたいと言っても、父親としては、簡単にそれを認めるわけにいかない。
沖縄旅行は、彼女に勇気と元気をくれることになったと思う。

沖縄旅行のパパとママへのお土産は、ハブとマングースの携帯ホルダー。
パパはマングースで、ママはハブ。
娘はすぐに携帯電話に装着することを要求した。
パパは素直に従った。

「ハブとマングースだったら、どっちが強いんだろう?」
「マングースが強い」
「パパの方が強いから、マングースなの?」
「そう」

娘の認識は少し違っているかもしれない。
いつもパパの方が強いと思ったら、大間違いだ。

マングースはハブの天敵だ。
マングースはハブを駆除するために導入された外来動物なのに、ハブを獲らずに、天然記念物の鳥やうさぎを獲った。
鳥やうさぎは元々ハブが天敵だったから、ハブに対する備えは出来ていたけれども、マングースに対する備えは出来ていなかった。
マングースにしてみれば、蛇よりも鳥やうさぎの方が旨いし、簡単に獲れるので、わざわざハブを獲る必要はない。
結局、マングースは、ヒエラルキーのトップにある人間に駆除されることになった。
役に立つと思っていたのに、役に立たないどころか、害の方が大きいのだから当然かもしれない。

そんな話を娘にしたら、娘はそんなことは知っていると言った。
沖縄で聞いてきたのだろう、パパより詳しい話をしてくれた。

だったら、なぜ、パパがマングースなんだろう。
パパは役に立たない外来生物として、いずれ駆除されてしまうのだろうか。

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2008年7月 5日 (土)

娘の悩み。パパの悩み。

検査のため会社を休み、病院へ行った。病院の帰りに少しだけ仕事をして、早々に帰宅した。
前夜から食事制限があり、まともなものを口にできなかったせいか、朝から茄子漬、枝豆、鯵のたたき、ビールが頭を支配していた。
それならばと、カミさんの帰宅を待って、近所の居酒屋に出かけた。

居酒屋という雰囲気がそうさせるのだろうか。娘がこれまではしたことのない話をはじめた。
ミニバスで決められた練習をするのに、技術力が優れた上級生が自分よりも早くその練習を終えるのは当然だけれども、技術力が同等かむしろ劣っているA子ちゃんやB子ちゃんが自分よりかなり早く練習を終えるのは、数を誤魔化しているとしか考えられないと言うのだ。

「練習は自分のためにするものだから、他人のことに構うことはないではないか。A子ちゃんやB子ちゃんは上手くなれないよ」とママ。
「自業自得だとは思うけれども・・・」
おや、難しい言葉を知っているなと思いながら、パパは生ビールをごくり。
チームとして、マイナスになるのではないかということを娘は言いたいのかもしれない。

「それだけではなくて、A子ちゃんは、練習に使う道具を隠したりする。数を誤魔化すのは、自業自得かもしれないけれど、練習に使う道具を隠したりすると、みんなの練習の時間が減ってしまう。それは許せない」
「A子ちゃんは、どうしてそんなことをするんだろうね」
「きっと練習をするのがイヤなんだと思う」
「いけないよって言って上げた?」
「そんなことしていないって言うから、どうしようもない。来週会議をするんだ」
会議か・・・とパパは生ビールをごくり。
パパはなかなか発言の機会を与えられない。

自分の子供のころのことを思い出してみる。
パパも4年生から野球をやっていたけれども、そんな経験はなかった。
自分の練習のことで精一杯だったから、他人のことまで考えることはなかった。チームメイトみんながそうだったと思う。
練習道具を隠したりする奴はいなかったし、仮にそんなことをする奴がいたら、「何を愚図愚図しているんだ!」と叱責されただろう。
男の子の世界は、力が支配する世界だから、ある意味単純で平和だ。ガキ大将がその腕力を背景にみんなを統率する。

「コーチとかマネージャーに相談したら?」
「言いつけるようなのはイヤなんだ」
子供には子供の世界がある。ここまでは自分たちだけで解決するという領域があるはずだ。パパもすぐに教師(この場合、教師ではないのだが)に言いつけるような奴は嫌いだ。

「どうでもいいんじゃないでしょうか」
パパが発言する。浮浪雲を気取ったつもりだった。
正面から受け止めていると、硬直してしまうときがある。そんなときは、ちょっと引いてみることも必要だ・・・と言いたかった。
「みんなに相談されているんだよ。どうでもいいなんて言えるわけがない」
もっともだ。ここはママに任せたほうが良さそうだ。

職場でもこの種の問題が起きることがある。
「あほか」と思う。「そんなことはどうでもいい」と思う。
「何のためにここに来ているのか。ここにいる目的は何だ」と切って捨ててきた。
それはもしかすると間違いだったのかもしれない。

娘とママの話は続いている。
「もう少し何か食べないか?」という提案は無視されたままだ。
パパはそれをいいことに3杯目のビールを注文した。
ママが咎めるような目つきでパパを見る。
蚊帳の外に置かれていることに抗議するように煙草も吸った。

娘の抱える問題に対して、パパはこれまで、いつだって解答を用意できた。
けれども娘の抱える問題は、いつのまにか重くなっていて、パパは話を聞いたやったり、一緒に悩むしかできなくなっている。
成長しているんだなという感慨よりも、遠くへ行ってしまうような寂しさがある。

それにしても・・・。
パパは今日、会社を休んで検査を受けた。
幸い大事なく、こうしてビールを飲んでいるけれども、結果如何では、それどころではなかったかもしれない。
なのに、誰も「どうだったの?」と聞いてくれないのは、どういうことなのだろう。

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2008年3月 9日 (日)

おてて絵本

「おてて絵本」という素晴らしい遊びがある。
「おてて絵本」がどんなものなのかは、私が説明するよりも、おてて絵本普及協会のウェブサイトを見ていただいた方が良い。
http://www.ne.jp/asahi/satoshin/s/ofk.htm

普及協会の絵本作家・サトシンとは、彼がコピーライターをやっていたころから浅いけれど長い付き合いをしてきた。
「コピーライターをやめて、絵本作家になる。今後、広告の仕事はしない」と聞いたとき、それは生き方として正しいとは思うけれど、喰っていけないのじゃないかと心配した。
絵本の世界で喰っていけているのは、超のつく人気作家など、ほんの一握りだと聞いていた。サトシンは才能に恵まれているとは思うけれど、仮にうまくいった としても、それ一本で喰っていくのは、相当に難しいのではないかと思った。広告の仕事に行き詰っていたわけでもないから、やめることはないのにと思った。
そんな感想をぶつけると、「もうオジサンなんで、好きなことだけやって生きていきたい」というようなことを気負いなく、飄々と言う。大したもんだなと思うと同時に、ひょっとするとこいつは大きなことをやって早死にするんじゃないかと感じた。

「今度こんなことをはじめるんですよ」と、マクドナルドの100円コーヒーを飲みながら、おてて絵本のことを聞かされたとき、大袈裟かもしれない けれど、これは世界を救うことになると思った。飢えてやせ細った子供が母親の膝でおてて絵本をやっている情景が目に浮かんだ。100円コーヒーを何杯もお かわりして、サトシンの話を聞いて、できる限りのことはすると約束した。
少しだけ人よりも贅沢な生活するための金を得るために汲々としている自分自身を振り返って、サトシンのことがまぶしく見えた。

自分の所属する企業や地元の有力企業のいくつかに「おてて絵本」へのスポンサードを働きかけたけれども、反応は芳しくなかった。どうして、この「おてて絵本」の良さが分からないのだろうと歯軋りする思いだったけれども、やがて、そんな思いも日常業務の中に埋もれていった。

マ クドナルドの100円コーヒーを飲みながら、おてて絵本の普及について話をしていたとき、私は広告屋っぽいプロモーションをいくつか口にした。そんな手法 を元広告屋のサトシンが考えないはずはないと分かっていながら。サトシンは少し上気した私を押し留めるように、「この企画は、新潟発世界にしたいんです。 まずは地道に新潟で広げて行きたい」と言った。

サトシンは、理解者と相棒に囲まれて、飄々と楽しみながら、おてて絵本の普及をしている。
地元メディアばかりか、東京のメディアも取り上げはじめて、その輪は着実に広がっている。

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