T先生のこと
敬愛するT先生が1月20日亡くなった。
享年80歳。
T先生と出会ったのは、20年以上も前。
歴史書の編集に携わっていたころのことだ。
中学校時代の恩師の影響で歴史、民俗には興味を持っていた。
興味のあるなしは重要ではあるけれど、その程度で仕事が出来るほど甘い世界ではない。
特別知識があるわけでもない私がその歴史書を担当することになったのは、適当な人がいなかったからだ。
無謀といえる起用だったと思う。
勉強しなければならないことが山ほどあった。
当時はどうして私がこんなことをと思ったこともあったけれども、T先生との出会いも含めて、今考えれば、得るものが多かったと思う。
良寛研究の第一人者と言われていたT先生のことを当時の私は存じ上げなかった。
今思うと、的外れな原稿を依頼したのかもしれないと思う。
優しい人だった。
良寛さまのことは、未だに良く知らないけれども、良寛さまというのは、きっとこういう方だったのだろうなと思わせる人だった。
私にとって、忘れられないエピソードがある。
先生のアシスタントとして、取材に回っていたときのことである。
田園地帯を貫く国道から、かなり逸れたところにポツンとラブホテルがあった。
「こんな人目につかないところにホテルを作って、お客さんがあるのでしょうか」
先生は心配そうにおっしゃった。
「先生。こういうホテルは人目につかない方が流行るんです」
先生は怪訝そうな顔をしてから、やがて合点したような表情になって、ホーッホーッと笑って、
「なるほど、そうですね。あなたの言うこと、良く分かります」とおっしゃった。
自分の専門分野のことを何も知らない不躾な男と付き合うのは苦痛だったかもしれないなと今になって思う。
けれども先生はいつだって自然体だった。
酒の席でも、先生はただただ私の話を聞いてくれた。
何を話したのか忘れてしまったけれども、きっと私は下らない話をしていたのだろう。
良寛研究の第一人者と話す機会がたくさんあったのに、私は自分の話ばかりしていて、先生から良寛さまの話をほとんど聞いていない。
まったく、もったいない話だ。
今日、久しぶりにお会いした遺影のT先生は、相変わらず優しい笑顔を浮かべていらした。
どんなことも赦してくださる笑顔だと思った。
涙が出た。
「最後のお別れを・・・」
葬祭場の係の人から、促された。
けれども、私にはまだそんな資格も勇気もなかった。
逃げるように斎場を後にした。
散る桜 残る桜も 散る桜
たまたまだけれども、私たちは今生きている。
それを大切にしたい。
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