2009年1月23日 (金)

T先生のこと

敬愛するT先生が1月20日亡くなった。
享年80歳。

T先生と出会ったのは、20年以上も前。
歴史書の編集に携わっていたころのことだ。

中学校時代の恩師の影響で歴史、民俗には興味を持っていた。
興味のあるなしは重要ではあるけれど、その程度で仕事が出来るほど甘い世界ではない。
特別知識があるわけでもない私がその歴史書を担当することになったのは、適当な人がいなかったからだ。
無謀といえる起用だったと思う。
勉強しなければならないことが山ほどあった。
当時はどうして私がこんなことをと思ったこともあったけれども、T先生との出会いも含めて、今考えれば、得るものが多かったと思う。

良寛研究の第一人者と言われていたT先生のことを当時の私は存じ上げなかった。
今思うと、的外れな原稿を依頼したのかもしれないと思う。

優しい人だった。
良寛さまのことは、未だに良く知らないけれども、良寛さまというのは、きっとこういう方だったのだろうなと思わせる人だった。

私にとって、忘れられないエピソードがある。
先生のアシスタントとして、取材に回っていたときのことである。

田園地帯を貫く国道から、かなり逸れたところにポツンとラブホテルがあった。
「こんな人目につかないところにホテルを作って、お客さんがあるのでしょうか」
先生は心配そうにおっしゃった。
「先生。こういうホテルは人目につかない方が流行るんです」
先生は怪訝そうな顔をしてから、やがて合点したような表情になって、ホーッホーッと笑って、
「なるほど、そうですね。あなたの言うこと、良く分かります」とおっしゃった。

自分の専門分野のことを何も知らない不躾な男と付き合うのは苦痛だったかもしれないなと今になって思う。
けれども先生はいつだって自然体だった。

酒の席でも、先生はただただ私の話を聞いてくれた。
何を話したのか忘れてしまったけれども、きっと私は下らない話をしていたのだろう。
良寛研究の第一人者と話す機会がたくさんあったのに、私は自分の話ばかりしていて、先生から良寛さまの話をほとんど聞いていない。
まったく、もったいない話だ。

今日、久しぶりにお会いした遺影のT先生は、相変わらず優しい笑顔を浮かべていらした。
どんなことも赦してくださる笑顔だと思った。
涙が出た。

「最後のお別れを・・・」
葬祭場の係の人から、促された。

けれども、私にはまだそんな資格も勇気もなかった。
逃げるように斎場を後にした。

散る桜 残る桜も 散る桜

たまたまだけれども、私たちは今生きている。
それを大切にしたい。

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2008年7月22日 (火)

聖人カン・ケイ師の教え#2~ 二岡選手と山本モナ

師は炎天下の野球観戦がお好きだ。
弟子たちは「師は苦行されているのだ」と噂しているが、どうやら師が以前されていた仕事に関係があるようだ。

この日も師は弟子数人をお連れになって、炎天下の野球観戦に出かけられた。
師は玉の汗をかき、うっすらと微笑みながら、フィールドのボールを目で追っておられる。

弟子の一人が師に問うた。
「師はどちらのチームを応援されているのですか?」
師は質問の意味が分からないというようなお顔をされ、「私は野球を観ているのであって、応援しているのではない」とお答えになった。
「けれども、どちらかのチームに肩入れをしなかったら、面白くないのではありませんか?」
「面白い?私は充分楽しんでいる」
「しかし・・・」
師はセンターポールに翻る日章旗のその先を見るような目をされて、口を開かれた。
「あなたは、試合の結果が気になるのですね」
「はい。私はオレンジ色のチームのファンなのです」
「大切なのは、結果ではありません。人には避けられない運命があります。どんな人にも等しくやってくる結果とは何だと思いますか」
「・・・死・・・でしょうか」
「そうです。オレンジのチームが勝っても、ブルーのチームが勝っても、それはどうでもいいことです。その過程にこそ面白さがあるのです」
弟子たちは師の深遠なお言葉にひれ伏すような心持ちだった。

「モナオカー」という野次が聞こえた。
師の耳にも届いたようである。
師は弟子の一人に訊いた。
「今の選手は二岡という選手ではありませんか?なぜモナオカと呼ばれるのでしょうか?」
弟子の一人が二岡選手と山本モナというタレントの醜聞を師のお耳に入れると、師は不機嫌そうな表情をされた。

弟子の一人がこの醜聞について、師に問うた。
側近の一人が「そのようなことに師はお答えになりません」と制したが、師は鷹揚にうなづきながら、お言葉を発せられた。
「二岡選手は繁殖の機会を得ようとしただけである。それは当たり前のことで、責められるべきことではない」
「それでは・・・」弟子の一人が師に問うた。
「悪いのは山本モナなのでしょうか?」
「男は種を蒔きたがる。どの男の種を宿すかは、女の判断にゆだねられている。女は生き残る種を選別するという役目があるから、強い男の種を宿そうと思うのは、責められるべきことではない」
弟子の一人が憤慨したような調子で師に迫った。
「二岡選手は妻帯者であり、山本モナはキャスターという立場です。ふしだらなのではないでしょうか」

野球の試合はまだ途中であったが、師は立ち上がった。
深いため息をついて、師はおっしゃった。
「人は増えすぎたのかもしれない・・・」

帰途、師は側近と弟子に今日の師のお言葉が、師の奥様に伝わることのないようにすることを厳しく命じられた。

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