2009年9月29日 (火)

もう負けてはいけないタイガース 。

タイガースは、今日スワローズに勝って、64勝70敗。残り試合6。

クライマックスシリーズという制度に賛成することはできないけれど、私を含むタイガースファンは、クライマックスシリーズ参戦権を得て、分の悪いドラゴンズ戦を勝ち抜き、特に後半戦は分のいいジャイアンツ戦に勝利して、日本シリーズ進出を夢見ている。

もし、タイガースがクライマックスシリーズに進出し、日本シリーズにまで駒を進めることになれば、関西地区では600億円を超える経済効果があるらしい。 けれども、どうだろう。レギュラーシーズンで5割勝てなかったチームが日本シリーズを戦うことになってもいいのだろうか。

そういうルールで戦っているのだから、別にいいじゃないかという言い分もあるとは思うけれど、私はレギュラーシーズン5割に満たなかったチームにはクライマックスシリーズへの参戦権がないということにしてもいいのではないかと思う。

クライマックスシリーズという制度自体がおかしいのに、勝ち越せなかったチームまでが「日本一」という栄誉を得る可能性があるということになると、レギュラーシーズンは、ますます単なる「興行」に成り下がってしまう。

制度は制度なんだけど、私はやっぱり、せめて残り全勝して、70勝70敗の五分でタイガースにクライマックスシリーズに進出して欲しい。仮に勝率5割以下でクライマックスシリーズへの進出が決まったら、辞退して欲しい。

残り6試合、6連勝でようやく5割。クライマックスシリーズ進出を目指すのであれば、タイガースはもう負けてはいけない。

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2009年7月28日 (火)

順調でなかったからこそつかんだものがある~宮里藍選手の優勝

宮里藍選手がプレーオフの末、エビアン・マスターズを勝った。
優勝を決めるバーディーパットを決めた後、宮里選手は少し控えめに、けど堂々と拳を突き上げ、感極まったのか、キャップのつばを左手で引き寄せて、こみ上げるものをこらえた。
「あぁ美しいな」と思った。

宮里選手は東北高校在学中に「ミヤギ杯ダンロップ女子オープンゴルフトーナメント」を勝ち、そのまま史上初の高校生プロゴルファーになった。
翌2004年、エリエールレディスに優勝するなど、ツアー5勝をした。賞金ランキング2位、日本プロスポーツ大賞新人賞の受賞。
2005年、ワールドカップ女子ゴルフに優勝。LPGAツアーの予選会を圧倒的な成績で通過、2006年からはL.A.を拠点にアメリカを主戦場にした。
2006年2月の世界ランキングで宮里選手は6位である。順調すぎるくらい順調だった。
メジャー優勝も時間の問題。自他共にそう思っていただろう。

ところが、その2006年から調子は下降線をたどった。
一時、パターを変えるなど、素人目にも迷い、自分のスタイルをつかみきれずにもがいているのだということが分かるほど低迷した。
痛々しいほどだった。本人の苦悩はどれほどだったろう。

今年になってから、何があったのか分からないけれど、身体のそこここに強張りはまだ残っているものの、ギラギラしたものがなくなり、ふっと軽くなったような印象があった。
エビアン・マスターズの宮里選手は、とてもリラックスしているように見えた。
これから打つ1打に集中できているように見えたから、良い結果になるのではないかと思えた。

自分をコントロール(身体も精神も)できたのが良かった。
宮里選手はインタビューでそう言っていた。
新しく何かをつかんだのだなと思った。
たくましいな、立派だなと思った。

宮里選手は、息をつくまもなく、今度は全英女子ゴルフに挑む。
また別の重圧が彼女を苦しめるだろう。
けれども、順調にいかなかったからこそ、つかんだものが彼女にはある。
それが全英女子で生かされれば、彼女はまた違う境地に達することができるだろう。

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2009年2月13日 (金)

ミニバス試合観戦

娘は3年生だった昨年の3月からミニバスをはじめた。
指導者が熱心にやってくれるので、土曜日も日曜日も朝から晩まで練習をすることが多い。
それまでは、休みになると買い物に行ったり、旨いものを食べに行ったりしていたから、我が家の生活は一変した。

パパも昔は体育会系の部活をやっていて、小学校のころは野球部のキャプテンをやっていたけれども、飽きっぽくって、怠け者だったから、何かと理由をつけては練習をサボって、遊びに出かけていた。

「どうしてミニバスをはじめようと思ったの?」
娘に聞いてみた。
「友だちに誘われたから」
「楽しいの?」
「楽しいよ」
娘の表情は少し複雑だった。

子供は自分の欲望に素直だから、こんな複雑な表情はしない。
「快」、「不快」がはっきりしている。
成長したのだなと思った。

成長することによって、引き受けなければならない辛さがある。楽しみも大きくなるけれども。
そういう年頃になってしまったということが、パパとしては少し寂しい。付き合い方を変えていかなければならないからだ。

最上級生が引退して、4年生の娘にも出番が回ってくるようになった。
ミニバスは登録メンバーは必ず1Qは出場しなければならないというルールがあって、チームはそれほど選手層が厚くない。選手としての責任は重くなる。

娘が出場する試合を観に行った。
以前、パパが試合を観に行くことを歓迎しないようなことを娘が言ったことがあったので、しばらくは遠慮していたのだけれども、試合に出ていると聞くと我慢ができなくなった。

娘の背番号は11番。
番号から見ると、3番目の補欠選手だ。

コートにいる娘はヒョロっとして頼りなさそうに見える。
家にいると「チビ」だけど、同学年の選手の中では一番背が高い。
それだけで、娘には娘の世界があり、どんどん手の届かないところへ行こうとしていることを感じてしまう。

娘の動きはもっと頼りない。自分がどう動けばいいのか分からなくなるようで、ポツンとしていることがある。
それでもたまには空いているスペースを見つけて駆け込んだりするから、親馬鹿かもしれないが、センスは悪くないのではないかと思う。
サッカーを研究して、観戦眼を磨いたばあちゃんは、「頭でプレーしている。身体が自然に動くようにならなければダメだ」と評した。
パパはボールに対する意欲が足りないように思えた。

コートの中の娘にどのような役割が与えられているのか知らない。
けれども、どうやら役割を果たせていないらしい。
コーチから名指しで叱責が飛ぶ。
体育会系の厳しさは分かっているつもりだけれども、身が縮む思いがする。

パパが通っていた中学はバスケットボールが強くて、仲間にはバスケットボールで大学、社会人まで進んだ奴もいる。
ミニバスのコーチも経験した仲間と酒を飲んだときに、聞いたことがある。
「年端も行かない子供たちに、あそこまでキツイ言葉を浴びせる必要があるのか。子供たちを萎縮させるだけではないのか」
「強くしたいと思うとそうなるんだよ」
答えになっていないような気もしたが、妙に納得した。

試合には勝ったけれども、コーチにこっぴどく叱られた娘は、しょんぼりした様子で帰ってきた。

「楽しかったか」
いつものようにパパは訊いた。
「うん」
少し無理をして娘は笑ってみせた。
「そうか・・・楽しくやるのが一番だ。・・・ところで、もっと巧くなりたいか、勝ちたいか」
「巧くならなければ、勝てない」
絞り出すように娘は言った。

それでも・・・やっぱり楽しめるようにならなければ・・・。悲壮な決意だけじゃダメなんだ。
パパはそう思ったけれども、その言葉は飲み込んで、娘の頭を撫でた。

新人戦ははじまったばかりだ。

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2009年1月 4日 (日)

箱根駅伝

お正月といえば、箱根駅伝だ。
ぬくぬくと暖かい部屋で、家族・親戚に囲まれて、酒を飲みながら、1本の襷をめぐる物語を居眠りしつつテレビ観戦していると、ほろ酔い気分も手伝って、天下泰平、これぞ「正月気分」といった幸せな心持ちになってくる。

毎年、楽しみにしている箱根駅伝だけれども、観戦しながら話をしていると、驚くほど過去の記録を覚えていないことに気がつく。
私は昨年の優勝校は順天堂大学だと思っていたけれども、調べてみると順天堂大学の優勝は一昨年のことで、昨年は往路・早稲田、復路・駒澤で総合優勝は駒澤大学だった。昨年のことすらはっきりとは覚えていないのである。

早稲田、順天堂、日体大が伝統校で、大東文化大、山梨学院大、神奈川大が新興勢力、近年は駒澤の天下というのが私のぼんやりとしたイメージ。
記録をひも解いてみるとそのイメージは確かではあるけれど、82回大会優勝の亜細亜大学はまったく記憶になく、逆に72回大会優勝の中央大学を鮮明に覚えていたりする。
http://www.ntv.co.jp/hakone/85/date/date_02.html
人の記憶というものは、まったく当てにならない。

どんなことを記憶して、どんなことを忘れてしまうのか。そのメカニズムはどうなっているのだろう。
私の場合、箱根駅伝に関して言えば、途中棄権とか、襷がつながらず繰り上げスタートとか、悲しい場面が記憶に残っていることが多い。
最も鮮明に記憶しているのは、山梨学院大学・中村祐二選手。
箱 根で走ることに憧れて、実業団から山梨学院大学に転じた中村選手は、1年生のときに3区区間賞、2年生のときに2区区間賞の成績で連続優勝に貢献。期待さ れて臨んだ96年の72回大会の2区でまさかの失速。脱水症状を起こし、ふらふらになりながら、前に進もうとした。しばらく伴走していたコーチが見かねて 中村選手の身体に触れ、途中棄権(失格)が決まった。泣き崩れる中村選手・・・。
翌年、中村選手は同じ2区で区間賞の快走で雪辱を果たすけれども、山梨学院大学は総合2位に終わった。

今年の箱根は、2区での日本大学・ダニエル選手の20人抜き、5区で東洋大学・柏原選手の9位から逆転でトップに躍り出る快走、復路での東洋大学と早稲田大学のデットヒートと見所が満載だった。
意地と意地のぶつかり合いのようなデットヒートを観ながら、居眠りをしながら、そもそも箱根駅伝というのはどんなきっかけで始まったのだろうと考えた。

そう思ったのにはきっかけがある。
昨年の暮れ、仕事上の必要で古い写真を集めていた。
全共闘世代で関西の大学にいたOさんから提供された写真の中に不思議な写真があった。
乳母車に乗った学生が京都駅前の横断歩道を渡っている写真だ。
「これは・・・?」とOさんに訊くと、「学生はヒマなんでね。乳母車で京都を一周しようという下らないことを考えたんだな」ということだった。
箱根駅伝も、もしかすると、そういった「ヒマを持て余した学生の下らない思いつきがはじまりかもしれない」なと思うと楽しくなった。
「箱根までどの大学が先に着けるか、競争しようぜ」
そんなことではじまったことがこれだけ大きな大会になったのだとしたら、痛快だと思った。

調べてみると、「アメリカ大陸縦断駅伝」構想が元になり、その予選会として「箱根駅伝」が開催されたことが分かった。
http://www.ntv.co.jp/hakone/85/story/01_prologue.html
想像を超えた痛快さだ。

箱根駅伝は日本テレビが完全生中継している。ずっと前からそうだったように思っていたけれども、日本テレビの中継は87年からなのだそうだ。
第1回大会は、1920(大正9)年、出場校は早稲田、慶応、明治、東京師範(現筑波大学)の4校。
選手を揃えることすら難しい時代だったようだ。

箱根駅伝は今も基本的には学生の手で運営されている。
箱根駅伝が現在の隆盛を迎えたのは、日本テレビが中継し、サッポロビールがメインスポンサーになったことが大きいとはいえ、きっかけは、学生の希有壮大な馬鹿馬鹿しい思いつきだ。
そうした馬鹿馬鹿しいことを思いつき実行に移すだけの自由な雰囲気が若い人たちの間にあるだろうか、それを許容するだけの余裕が社会にあるだろうか。
社会の活力というのは、実行力のある若者たちが無鉄砲にはじめることを許容する余力がどれだけあるのかということかもしれないと思う。

「アメリカ大陸縦断駅伝競走」とか「シルクロード駅伝競走」とかが実現できたら、それは面白いだろうなと思う。

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2008年10月29日 (水)

ありがとう。Qちゃん。

高橋尚子引退:会見で表明「完全燃焼、さわやかな気持ち」
2000年シドニー五輪陸上女子マラソン金メダルの高橋尚子選手(36)=ファイテン=が28日、東京都内で会見し、競技生活からの引退を正式表 明した。理由について高橋は「練習でどう試行錯誤しても、全力でやっても、納得いく走りができなくなった。肉体的、精神的に限界を感じた」と説明。現在の 心境について「自分の中では完全燃焼。さわやかな気持ちです」と笑顔で語ったが、会見の最後には感極まって涙を流し、顔を手で覆う仕草を見せた。
高橋選手は3月の名古屋国際女子マラソンで27位に終わり、北京五輪出場を逃した。今年5月からは米国を拠点に東京国際(11月16日)、大阪国際(来年1 月)、名古屋国際(来年3月)の3大会連続出場を目指して練習を積んでいた。しかし、自身が計画したレベルの走りができず、8月下旬ごろから悩 んだ末、10月10日に所属先からの了解も得て、3大会に出場せず引退することを決めたという。
今後について高橋選手は「具体的なことは決めていないが、多くの人に陸上の楽しさを伝えていきたい」と語り、愛好者として走り続けることにも意欲を見せた。【石井朗生】
【略歴】高橋尚子
県岐阜商高、大阪学院大を経て95年にリクルートに入り、小出義雄氏の指導で成長。積水化学に移った翌年の98年バンコク・アジア大会で2時間 21分47秒の日本最高記録(当時)を出し優勝。00年シドニー五輪で日本陸上女子初の金メダルを獲得し、国民栄誉賞も受賞した。01年ベルリン・マラソ ンで2時間19分46秒の世界最高記録(当時)を樹立。03年からスポンサーと所属契約を結ぶプロ的な活動を開始した。05年に小出氏から独立。ファイテンに所属して専属スタッフとともに活動していた。163センチ、46キロ、36歳。
(毎日新聞)

トップアスリートの引退会見は寂しい。
高橋尚子選手の引退会見は痛々しかった。
ニュース番組をはしごして、何度も何度も会見を観た。

1998年の名古屋国際。マラソン2戦目で優勝を飾った高橋尚子選手はふっくらとしていて、愛らしかった。
2000年のシドニーオリンピック。羽根が飛ぶように軽やかに走った彼女は「すごく楽しい42キロだった」と言った。
翌年のベルリン。世界最高記録で走り抜けた彼女はナイフのように研ぎ澄まされていた。

「人の2倍やって、人並み、3倍やってようやく勝てる」彼女はそう思いこんでいて、ベルリン後の彼女は、明らかにオーバーワーク、絞りすぎになっていた。
肉体的にも精神的に限界まで追い詰められていたのだろう。不安を振り切るように彼女はさらに肉体を苛めた。そうしていながら、彼女はいつも笑顔を作ろうとしていた。

王貞治選手は1980年の引退会見で「王貞治のバッティングができなくなった」と言った。高橋尚子選手は「プロ高橋としての走りができなくなった」と言った。
自らに課しているハードルが高いのだろう。

引退会見といえば、千代の富士関のそれが印象的だ。
「体力の限界・・・気力もなくなり、引退することになりました」
悔しさが滲んでいた。

高橋選手は「さわやかな気持ち」と言った。
そういう気持ちはあるだろうと思う。解放感に似たような気持ちもあるかもしれない。
しかし、やっぱり悔しい気持ちが一番強いのではないだろうか。

そんな気持ちを押し殺して、彼女はやっぱり笑顔を作って見せた。
会見が終わって、はじめて彼女は涙を見せた。
会見が終わって、プロ高橋が終わったということを改めて感じたのだろう。

「夢は叶う」という貴女のメッセージはみんなに届いているよ。
ありがとう。Qちゃん。

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2008年9月14日 (日)

大麻事件の3力士に再チャレンジの機会を!

「絶対にやっていない」と主張する露鵬と白露山の映像をみて、本当にやっていないかもしれないと思った。
服用していた他の薬物に同様の物質が含まれていたとか、本人が意図しない形で摂取してしまったという可能性もあるのではないかと思った。

その後、実は、ロス巡業のときに吸ったことを認めていたという報道があって、な~んだ、自分の眼力も大したことはないなと思った。
人を信じることは悪いことではない。けれども、信じ通す覚悟がなければ、不幸なことになる。

ロス巡業のときに吸った大麻が今ころ出るはずもないのだけれど、「見たこともない」とまで言ってたことが嘘だと分かると、最近まで隠れてやっていたのだろうと思ってしまう。
同じロシア出身の若ノ鵬が所持していたわけだから、同郷の仲間同士で大麻を楽しんでいたのだろうと、パーティーの様子まで想像できるような気がした。

露鵬と白露山が「信じて欲しい」という会見を開いたり、協会に質問状を出したり、若ノ鵬が協会を提訴したり、取り下げたり・・・いろいろと動きがあった。

大麻を吸うことで、相撲にどれだけ有利な状況を作れるのか知らない。けれども、大麻はアンチ・ドーピング機構で禁止されているわけだから、摂取したらしいという結果が出た以上、相当の処分が下されることは覚悟するべきだ。
他の競技のアスリートは、ドーピング検査に備えて、栄養ドリンクすら飲まないという。それに比べれば、力士は脇が甘すぎる。
とは言え、3人への処分は重すぎるように感じる。
他の競技だと、ドーピング違反は、2年間の出場停止くらいの処分だという。
1回の過ちで、彼らから彼らが人生をかけてきた相撲を奪ってしまってもいいものだろうか。
他の競技と同じように2年間くらいの出場停止で良いのではないだろうか。

私は彼らの相撲にかける気持ちをもう一度見てみたいと思う。
2年間の出場停止で、番付がどこまで下がるか分からない。その間の彼らが味わう辛酸は想像を絶する。それでも彼らが這い上がってこようと思うのなら、それ は認めてやるべきではないだろうか。もちろんそれまでの気持ちがなければ、それまでということになる。キツイ話だけれども、そこは過ちを犯した彼らの自業 自得ということで、本人も周囲も納得するはずだ。

異国からやってきて、言語も習慣も異なる環境の中で、幕内まで上がることが出来たのは、才能もあったと思うし、努力もあったのだろうと思う。ここはひとつそれを尊重してやりたいと、私は思うが、どうだろうか。

彼らの再チャレンジのためにできることがあるのならば、協力したいと思う。

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2008年8月26日 (火)

星野さん。もう何も言わんでくれ。

星野さん。あなたはすべての責任は自分にあると言いながら、言い訳がましいことを言い過ぎではないですか。
会見を開けば、何か言わなければならない。愚痴のひとつもこぼしたくなるのは分かるけれども、審判のレベルがどうのこうの、試合時間がどうのこうの・・・そんなこと誰も言っていませんよ。

谷亮子選手を見てください。素人目には明らかに不利な判定をされたと思った(本人も仕草からそう思っていたと思われる)けれども、それについては何も言わ なかった。想像の域を出ないけれど、彼女は金メダルを取って引退するつもりだった。しかし、準決勝で国際ルールに則った勝つための柔道をしたために、逆に 銅メダルに終わった。3位決定戦の1本勝ちは迷いを捨てた結果だろう。日本の柔道にこだわってロンドンで金という意欲が出てきたのだと思う。彼女はもう国 内No.1ではない。ロンドンの代表を勝ち取れる保証はない。それでも彼女がもう4年間やろうと覚悟したのは、やっぱり悔しかったからだろうし、不完全燃 焼があったからだと思う。けれども、彼女はそのことについて、何も語っていない。ただ、ロンドンにチャレンジしたいと言っただけだ。

野球日本代表が準備不足だったことは明らかだ。それは、星野さんの責任ではなかったかもしれない。けれども矢面に立つのは代表監督だ。
すべての責任は自分にある。どんな批判も甘んじて受けると言うのなら、言い訳をするべきではないだろう。

もっと若いコーチを入れるべきだったかもしれない。
キャンプは地方都市でやるべきだったかもしれない。
アジア予選を戦った選手にこだわりすぎたかもしれない。
調子を落としていた選手を起用すべきでなかったかもしれない。
準備が足りなかった。
甘く見ていたところがあった。

星野さんが信念を持って選択したことであれば、私は支持する。
チャンスがあるのなら、WBCというステージで信念を貫いて、自分やり方が正しかったことを証明すればいい。
けれども、結果が出せなかった今は、耐えるしかないのではないだろうか。

星野さん。もう何も言わんでくれ。
臥薪嘗胆。
この悔しさを星野さん自身が忘れないことこそが次の栄光につながると、私は固く信じている。

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2008年8月23日 (土)

野球北京五輪日本代表の不完全燃焼

私はもう40年近くタイガースファンをやっている。
義理堅い性格なので、浮気をしたことはない。

だから、星野仙一さんは大好きだ。
現役時代の星野さんは、王、長嶋のいた強いジャイアンツ相手に闘志むき出しのピッチングで通算35勝(31敗)を上げている。
そして、2003年、監督として、タイガースを18年ぶりのリーグ優勝に導いてくれている。

北京オリンピックの話だ。

前夜、ソフトボール日本代表がアメリカを破って、金メダルを獲得した。
NHKの解説をしていたのは、シドニー大会、アテネ大会の監督・宇津木妙子さん。
最終回、二死。
サードゴロ。宇津木さんが悲鳴に近い声を上げる。
「よし!よし!よし!」
三塁手の送球が一塁手のミットに収まる。
歓喜の渦。宇津木さんの号泣。

選手があらゆることを犠牲にして、打ち込んできた結果としての栄冠は、もちろん感動的だ。
けれども、それ以上に、私は、このときを放送席で迎えた宇津木さんの強い思いが伝わってきて、涙が溢れた。

宇津木監督の下で日本代表は、シドニーで銀、アテネで銅。
宇津木さんは続けたいという気持ちを持っていらっしゃったと聞いているけれども、アテネの責任を取る形で監督を辞任した。

オリンピック野球日本代表は、LA(公開競技)で金、ソウル(公開競技)で銀、バルセロナで銅、アトランタで銀。シドニーは松坂らプロ選手も参加したが4位。アテネでは、長嶋監督の下、すべてプロ選手で臨んだものの、銅メダルに終わっている。

ソフトボールも野球も金メダルは「悲願」と言われていたけれども、シドニーでメダルを目指してから、10年以上四六時中それを生活のすべてにしてきた宇津木元監督の思いと星野監督の思いには大きな違いがあったように感じる。

日本の野球のレベルはMLBに次いで世界で2番目のレベルにある。それは自他共に認めるところで、アメリカ代表にMLBの選手が入っていない以上、オリン ピックでは日本代表がナンバー1なんだと、怖いのはキューバなんだとみんなが信じていた。星野さんもどこかでそんなふうに感じていたに違いない。

選ばれた人たちがもっとも近いところにいて判断したことだから、無責任に外野から論評するだけの私たちには、思いもつかないこともあったのかもしれないとは思うけれども、日本代表メンバーが発表されたとき、多くの人は違和感を感じていたと思う。

星野監督は、故障を抱えている選手、経験の足りない選手、極端に調子を落としている選手をどうしてわざわざ選んだのだろう。
日本代表ならば、国内のどのチームと戦っても圧勝するのが普通だと思うけれども、壮行試合とはいえ、パリーグ選抜には辛勝、セリーグ選抜には完敗した。
おいおいこれで大丈夫なのか?誰もが思っただろう。
数字を見れば、成績のいい選手はたくさんいるのに、どうしてそういう選手を使わないのだろう。

日本シリーズなら3つ負けても4つ勝てばいい。
オリンピックだって、とりあえずは、いくつ負けたって、結果として決勝トーナメントにいければいい。
けれども決勝トーナメントにいったら、ひとつも負けられないのだ。

調子が上がらず、失点の多い投手を起用するのは、チームにとっても、本人にとっても不幸なことだ。
勝負は時の運だから、勝ち負けは仕方がない。
けれども、やるだけやったという清々しさが野球日本代表にはないのが残念でならない。

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2008年6月22日 (日)

品性に欠ける人たちがのさばる国に未来はない~川淵会長の発言とマスコミの感性

川淵C、岡ちゃんを絶賛「オシム以上」
日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(71)が、日本代表の岡田武史監督の指導を「オシム以上」と評価した。16日、タイ戦(14日)の視察を終えて帰国し、「岡田監督に全幅の信頼を置いて、最終予選を突破できると確信を持った」と総括した。
現地では練習を視察し、緊張感あふれるムードを感じ取った。「はっきり言って岡田に代わってからはカリスマに欠けた感じがあったと聞いていた」と打ち明け たが、現場を見て一変。「ピリピリしたムードはオシム以上のものがある。安心して見ていられる」と、3月のバーレーン戦をきっかけに鬼軍曹に変身した指揮 官を絶賛した。
9月には最終予選を控えるが、「W杯に出ることが第一だが、出たら1次リーグ突破、ベスト8が大前提になる。世界と戦えるチーム作りを」と、要求のハードルも一段、高く上げた。(ディリースポーツ)

川淵会長は、ちょっと前に岡田監督解任を示唆するような発言をしていたのではなかっただろうか。
こういう人の下で仕事をするのは嫌だろうなと思う。
苦境に陥った部下を庇うどころか解任をちらつかせておいて、結果が出ると手放しで褒め、はしゃぐ。・・・一ファンじゃないんだから。当事者意識はあるのだろうかと疑いたくなる。
結果に一喜一憂するファンやマスコミに対して、「大丈夫。彼はきっとやってくれます」とか何とか言って、デンと構えていて、決断するときは決断する。もちろん自分自身進退も含めて。それが川淵会長の立場だ。
監督を批判し、更迭をほのめかしたりするのは、そのまま監督を選んだ人に帰っていくものだと思うけれど、なかなかそういうふうにならないのが不思議で仕方がない。

勝負の世界だから、結果が出せなかったら、辞めなければならない。岡田監督はそれを承知している。
バーレーン戦で敗れた後、「これからは、オレのやり方でやる」と発言したのは、結果が出なかったら辞める、けれども自分の思うようにやった結果でなければ悔いが残るということだったのではないかと思う。
オシム路線の継承を望んだ川淵会長にとっては、この発言を面白く思えなかったから、それでダメだったら辞めるんだろうなということになったのではないかと勘ぐっている。そこに指名した側と指名された側の信頼感がないことが悲しい。

この記事を取り上げたのは、見出しになった「オシム以上」という言葉に嫌悪感を感じたからだ。
川淵キャプテン、岡ちゃんを絶賛「オシム以上」
事務方のトップに過ぎない川淵会長が前線で戦っている監督のことを他人事のように論評することを、私は不愉快に思っている。それなのに、志半ばで病に倒れた前監督を引き合いに出して論評するとは・・・なんて思い上がったやつなんだろうと思った。
記事を読むと、川淵会長が「オシム以上」と言ったのは、「練習の緊迫したムード」についてのようだけど、やっぱり上からものを言っているような態度が感じられて不愉快だった。

ワールドカップが終わったら、サッカー界から身を引くとまで言って、不退転の決意で完全燃焼する覚悟を示している岡田監督に対して、7月退任以降、院政を 敷くのに躍起になっていると言われる川淵会長と、日本代表監督を「岡ちゃん」呼ばわりするマスコミ。サッカーの世界だけではないけれど、この国は、どうし て品性に欠ける人たちがのさばるのだろうと思う。

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2008年5月11日 (日)

娘の行く道

10歳になる娘がミニバスを始めて、もう2ヶ月近くになる。
娘の所属するチームは指導者がとても熱心にやってくれていて、土曜日にも練習がある。
熱心に指導してくれるコーチには頭が下がる思いだけれども、「娘のいない休日」に戸惑っているパパとしては、正直、休日まで練習することはないんじゃないかなどと思ったりしているところなのだけれども、5月3日、4日に大会があるという。
ゴールデンウィークも部活漬けなのか・・・。寂しい気持ちになった。

娘がまだよちよち歩きのころから、ゴールデンウィークは、ママの妹が住む千葉に行くのが恒例になっていた。従兄弟と一緒に遊園地に行ったり、動物園に行ったり、お買い物に行ったり、おいしいものを食べたり・・・、娘も従兄弟もとても楽しみにしていた時間だった。
大会に出場するのは、5年生、6年生が中心で、はじめたばかりの娘に出番はないはずだ。パパは密かに大会を休んで千葉に出かけてもいいのかなと思っていた。
ところが、娘は一度も大会を休むと言い出さなかった。千葉に行けないことを残念がるフシもなかった。大会当日、ママに弁当を作ってもらって、自分で水筒にお茶を詰めて、当たり前のように出かけていった。

「行ってきまーす」
小さな身体に不釣合いな大きなバッグをぶら下げて出かけていく娘を、パパは寝起きのボサボサ頭のままで外へ出て見送った。
「もう自分の決めた道を歩き始めているんだねぇ」
一緒に見送りに出たばあちゃんが娘の後姿を見ながら、頼もしそうに、少し寂しそうにつぶやいた。

娘の通う小学校は、自宅の並びで、校門もミニバスの練習をやっている体育館の入り口も見通せるほどの距離にある。
ちょっと前にやっぱり同じように見送りに出たとき、娘は振り返り振り返りして、見送っているパパの姿を確認しながら、体育館の入り口まで行った。
そしてそこで大きく手を振って、体育館に入っていった。
娘の、新しい世界に飛び込んでいく不安を感じて、パパはちょっと切ない気持ちになった。

だけど、今日の娘は一度も振り返らずに体育館の入り口まで行き、その付近で会ったチームメイトとハイタッチなどしている。
チームに溶け込めているのだなという安堵感と、娘が遠くへ行ってしまったような寂しさを感じながら、リビングに戻り、読みかけの本を開いたけれども、娘の後姿が妙に頭に残って、なかなか本の世界に入っていけなかった。

出かける前の娘との会話。
「試合は何時からなの?」
「最初の試合は10時半から、次の試合は3時から」
「相手のチームは強いのかな?」
「去年優勝しているチームだから強いと思う」
「勝てるかな?」
「勝てるよ」
娘は出かける準備をする手を休めずに、パパの問いかけに面倒くさそうに答える。
「試合を観に来て欲しい」となかなか言わないので、根負けして、こちらから水を向けた。
「試合を観に行ってもいいかな?」
「別にいいけど・・・」
言葉ではそう言っているけれども、観に来て欲しくないという態度だった。

逡巡した結果、ママと一緒に試合を観に行った。
ユニフォームを着た選手たちとその父兄、大会関係者でごった返す体育館のホールを抜けて、観覧席に上がると娘のチームがコートでアップをしていた。
娘の姿を探していると、背後から声をかけられた。取引先のKさんだった。
「どうしたんですか?こんなところで会うとは思わなかったなぁ」
Kさんとは、仕事上の付き合いと言うよりもむしろ飲み友達で、会うのは主に酒場であり、「こんなところで・・・」という感想はお互い様だ。
「娘がこの春からミニバスをはじめてね」
「次の試合ですか?」
「そうなんだ」
「どこにいるんですか?」
娘を探す。
「あ、あそこにいた。左から2番目・・・」
「何年生?」
「4年生」
「大きいな~。エース候補だね」
4月生まれの娘は、4年生としては大きな部類に入る。
バスケットボールの世界では、1に身長、2にスピード、3に頭と言われているそうだ。大きいことは圧倒的に有利らしい。
Kさんは6年生になる息子がミニバスをやっていて、口ぶりから察すると相当入れ込んでいる様子だ。
本人も学生時代からバスケットボールをやっていて、今も現役だと胸を張った。
酒場では見せたことのない顔だった。

小学生のバスケットボールは、想像していたよりもレベルが高かった。
け れども、上手い子とそれほどでもない子の力の差は歴然としていて、力のない子はフリーになってもパスをもらえない。力のある子は無理を承知でドリブルで切 り込んでいく。コートにいるのは5人だけれども、実際は2~3人で試合をしているような感じだ。力がない子はないなりにゲームに参加できるような組み立て はできないものなのかと思った。

試合中、娘はずっとベンチにいたけれども、試合に出ることはなかった。
インターバルになると、先輩に飲料を渡したり、タオルで風を送ったりしている。

人は自我の塊として生まれてくる。
気に入らなければ、泣き喚き、自分の要求を満足させようとする。
けれども、成長するに従って、周りのことにも気を配るようになる。
他人のために、チームのために、何とか役に立とうとしている娘の姿をパパは感慨を持って見ていた。

娘のチームは惜敗した。
学生時代、バスケットボール部のキャプテンをやっていたママは、「勝てる試合を落とした」と悔しがった。
試合が終わって、引き上げてきた娘と観覧席の階段のところですれ違った。
娘はパパの姿を認めて、お愛想で合図をしたけれども、それ以上は、迷惑だといわんばかりの態度だった。

娘のチームは、その後の試合で勝って、結果的には3位だったらしい。
賞状を持って、帰ってきた娘は、「優勝できたのに残念だ」と悔しさをにじませた。

パパは娘のために、風呂を用意しておいた。娘と風呂の中で試合の話をした。
「上手くなりたかったら、人よりも練習するしかないんだ」というようなパパの話を娘は神妙な面持ちで聞いている。
風呂から上がって、しばらくテレビを観ていたけれども、疲れていたのだろう、いつもより早くベッドに入ると言い出した。
娘はもう4年生になるけれど、まだ一人で寝ることができない。眠くなるとパパかママを指名して、ベッドルームへ行く。
パパはベッドで本を読んでやるので、人気が高い。娘は落語をねだった。
NHKの朝のテレビ小説「ちりとてちん」で有名になった「愛宕山」を読んでやる。
「野辺へ出てまいりますと、春先のことで・・・」
テレビでも繰り返し使われたフレーズのところにくると、それを暗記している娘は、パパの声に自分の声を重ねる。
「やかましゅう言って参ります。その道中の陽気なこと・・・」
パパは、気の合った仲間たちと一緒に、にぎやかに、楽しく生きて行きたいと願った。
娘はこの先、自分の生き方をどのようにして決め、何を願うのだろう。
パパが娘の人生に深く介入する時期はもう過ぎているようだから、見守るしかない。

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2008年4月12日 (土)

あきらめないこと~野茂英雄1000日ぶりのメジャー登板

野茂英雄:1000日ぶりメジャー復帰 ヤンキース戦登板

野茂、1000日ぶりの復帰--。大リーグ、ロイヤルズの野茂英雄投手(39) は10日、当地で行 われたヤンキース戦で、05年7月15日以来となる公式戦登板を果たした。解雇、右ひじ手術、再起をかけた南米ベネズエラへの旅。今年8月に40歳を迎え る日本人大リーガーの先駆者は「野球をやるならメジャーでやりたい」という一心で長く孤独なリハビリを続けた末、カムバックした。
午後9時15分、2番手に指名された野茂は、待機していた右翼フェンス向こうのブルペンから、時折、夜空に雷光が走る雨上がりのマウンドに駆けた。「ヒデオ・ノモ」のコールに、地元の観客席からはどよめきとともに、大きな拍手が起きた。
野茂は06年6月、ホワイトソックス傘下の3Aチームを解雇された後、大リーグ復帰を目指して右ひじを手術したが、痛みが消えず、投球できない日が続いた。野茂は過去にも酷使してきた右ひじや右肩にメスを入れ、その度に球団から解雇されてきた。
痛みが消えた昨年秋、大リーグの球団にアピールするため、単身ベネズエラに渡ってプレー。ただ1球団、獲得に名乗りを挙げたア・リーグ中地区4年 連続最下位のロイヤルズとマイナー契約を結んだ。日本ハムを日本一に導き、今季からロイヤルズの指揮を取るトレイ・ヒルマン監督は「けがが治っていれば、 彼は何かを起こすかもしれない」と野茂の再生に賭けた。野茂は「先発にこだわりはない。昔の自分でないことは分かっている」と救援投手として再出発し、 オープン戦15イニングで17奪三振と結果を出した。右足付け根を痛めて開幕メジャーはならなかったが、5日、メジャーに昇格した。
12人いるロイヤルズ投手陣の12番目に滑り込んだ野茂は、敗戦処理の役回りも回ってくる立場だが、「チャンスを与えてくれて、感謝している。チームの勝利に貢献し、プレーオフを目指したい」。ブルペンという新しい居場所から、復活を期している。
【カンザスシティー(米ミズーリ州)高橋秀明】
毎日新聞 2008年4月11日 11時40分(最終更新 4月11日 16時38分)

最も多忙だったころに比べれば、大した忙しさではないのだけれども、このところの疲労感は強烈だ。だんだん視界が狭くなり、気が遠くなっていくのが分かる。「年齢」なのだろうか?

今週のはじめ、「あ、この状態は尋常じゃない。ヤバイ」と感じて、夕方からずる休みをして、早い時間にベットに入った。
翌日、少しは回復していたものの、身体にはまだギクシャクしている感じが残っていた。
アポも仕事も盛りだくさんだったので、早くに出社し、夕方お誘いがあったので、夜の町に繰り出した。断れない性格なのだ。
今日は長くてハードな会議をこなし、安請け合いしてしまった企画書をヘトヘトになりながら仕上げた。明日は早朝から、やっぱり断りきれなかったゴルフコンペに出かけなくてはならない。
すでにもう私の視界は60%程度になっているにもかかわらず、コンピュータに向かわせているのは、ヒデオ・ノモのニュースだ。
私は断れない性格であり、諦めの早い性格だ。
ソ ニーがプレイステーションを発売し、人気ソフト「ドラゴンクエスト」が任天堂からソニーに鞍替えするというニュースを聞いたとき、「あぁ、任天堂はもう終 わったな、花札やトランプを作っていた会社がたまたまコンピュータゲームで大ブレークしたけれども、天下のソニーが出てきたんじゃもうおしまいだと思っ た。ところがどうだ、今、形勢は見事に逆転している。
あきらめずにチャレンジしていれば、そういうこともある。あきらめたら、そこで本当におしまいだ。
野茂投手が先発投手として、メジャーの舞台に復帰することは、難しいのかもしれない。会社と違って、選手個人には、避けることのできない限界がある。
今 の野茂投手を見ていて、想起するのは、江夏投手のことだ。彼はシーズン401奪三振という未曾有の記録を持つ大投手だけれども、身体の不調から長いイニン グを投げられなくなって、リリーフに転向し、通算193セーブという結果を出した。最晩年・・・といっても36歳のときだけど、ミルウォーキー・ブルワー ズのキャンプに参加したのは、確か85年のことで、「メジャー挑戦」は江夏を嚆矢とすべきかもしれないと思っている。

話がそれた。

日本人メジャーリーガーのパイオニア、ヒデオ・ノモが1000日ぶりにメジャーのマウンドに立った。
それは感動とともに色んなことを私たちに教えてくれる。勇気づけてくれる。

私のゴルフの腕前は、はじめてもう5~6年になるというのに、120そこそこだ。それはいつまでたっても、スコアが良ければ気持ちがいいかもしれないけれ ど、別に悪くても構わないという投げやりな態度にある。練習もロクにしない。目標は「1ホールで2桁打たないこと」などと言っているけれども、ゴルフと向 き合うのを避けているところがある。にぎやかに冗談をいいながら回るのが私のゴルフだけれども、明日は、あきらめない、粘り強いゴルフをしてみようかと 思っている。そのためにも今日はもう休まないといけない。

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2008年3月30日 (日)

北京オリンピックとモスクワオリンピック

ラサ暴動、ダライ・ラマ14世が「中立的な国際調査団」要望
【ニューデリー=永田和男】チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は 29日、ニューデリーで記者会見し、中国政府が、大規模暴動が起きたチ ベット自治区ラサに外国メディアなどの取材団や外交団を受け入れたことについて、「良い方向への一歩だ」と一定の評価を示した。ただ、活動がラサに限られ たことなどを指摘し、「中立的な国際調査団の早期派遣」の必要性を改めて訴えた。
ダライ・ラマはまた、ラサのジョカン寺(大昭寺)でチベット僧侶数十人が取材団に対し、「当局者を信じないで」などと涙ながらに訴えた事件を挙げ、「真実を語ろうとするチベット人の安全が保障されなければ、視察の意味はない」と中国当局の対応を批判した。
欧州連合(EU)で、北京五輪開会式のボイコットが議論されていることについては、「それぞれの国次第だ。私から何かを言う問題ではない」と述べ た。さらに、ブッシュ米大統領らが中国に対し、ダライ・ラマとの対話に応じるよう求めていることを踏まえ、対話実現に各国の一層の後押しを求めた。
ダライ・ラマは記者会見に先立ち、ニューデリー市内のガンジー記念館を訪れ、ヒンズー、シーク、イスラム教の指導者らとともに、今回の暴動の犠牲者に祈りをささげた。
(2008年3月29日19時57分  読売新聞)

ある地方都市の繁華街。
その外れにある居酒屋「前菜屋」。
腕はいいけど無愛想。そのくせ議論好きな店主の性格が災いしてなかなか客がつかない。
やってくるのは変わり者の常連客ばかり。
今夜も常連客が集まって、与太話がはじまります。

【今夜の客】
企画屋:何でも商売にしようとするのだが、儲からないフリーのプランナー。
テレビ屋:女好きのテレビカメラマン。子沢山。
姉御:建設会社のやり手営業ウーマン。学生時代はアスリート。
フラガール:その手の者、趣味はフラダンス。関係ないけど、身長は155cm。

企画屋「また、中国に行きにくくなっちゃったな」
テレビ屋「今度も見送った方が良さそうだな」
前菜屋「中国に行く予定があったの?」
企画屋「テレビ屋と一緒に西安からトルファン、ウルムチを旅しようと言っているんだけど、なかなか実現しないんだ」
テレビ屋「企画屋はシルクロード、三国志フリークだからな」
前菜屋「企画屋はともかく、テレビ屋は中国共産党嫌いだろう。なのにどうして?」
テレビ屋「企画屋の話を聞いているうちに行きたくなったんだな。ちょっと前にNHKで莫高窟やってだろう。あれも録画して洩れなく見ちゃったよ」
姉御「西安やトルファンにテレビ屋の好きな、おねえちゃんがいる店はあるのかい?」
企画屋「さあ、どうだろう。どこへ行ってもそういう店はあるんじゃないの。洗練されているかどうかの違いだけだろう」
姉御「北京オリンピックは大丈夫なのかな」
企画屋「姉御はアスリートとしてどう思うの?」
姉御「アスリートにとって、オリンピックは特別なものだからね。どんな理由があってもやってもらいたいと思うけれどねぇ」
企画屋「こうした議論はモスクワのときもあったよね」
テレビ屋「アフガン侵攻のときか・・・」
企画屋「体操、バレーボール、柔道、マラソン・・・メダルが有望とされていた種目の選手は悔しかっただろうね」
姉御「水泳の長崎宏子は11歳。小学生の代表選手だった。あのときも選手は参加したかったけれど、当時は政府が金を出さないと決めたら、経済的に参加することは無理だった。で、JOCは日本体育協会から独立した組織にしようということになったんだよ」
テレビ屋「現場のことなんか何も知らない連中が、自分たちだけの都合で、上からものを言うと腹が立つんだよね」
企画屋「テレビ屋は別なことを思い出しているだろう」
テレビ屋「中国の人権問題は何もチベットだけじゃない。そんな国でオリンピックをやろうというのは土台間違っているんだよ。北京に決めたIOCが悪いんじゃないか」
姉御「IOCには期待もあったんじゃないかな」
テレビ屋「得意のハニートラップとかでメロメロにされていたんじゃないか」
企画屋「中国の対応はちょっとおかしいよね。国際的な常識からずいぶん離れているんじゃないかと思う。チベットから海外メディアを締め出したり、YouTubeを切ったり、ちょっとお見せできないことをしていますって言っているようなもんじゃないか」
テレビ屋「お見せしたら、とんでもないことになるから仕方がないんだよ」
姉御「それで乗り切れるって思っているところがずれているのよ」
企画屋「これからこうしたことがたくさん起こるんだろうな」
テレビ屋「多分ね」
姉御「ひょっとすると、餃子事件もそうなのかもしれないね」
テレビ屋「あり得るね」
企 画屋「餃子に関しても中国の対応はまずいよね。オレはてっきり、北朝鮮方式で、こいつらがやってましたって人身御供を出すと思っていたけれど、そんな対応 もできないくらい、ある意味追い詰められているような感じを受けるな。ウチに問題はないって誰が見てもおかしいだろう。ああ、国ぐるみで隠蔽をする国なん だって印象を与えたんじゃないかな。チベット問題でそういう印象は増幅されている。そんなことに気がつかないわけはないと思うのだけれども」
姉御「日本政府の対応もおかしいよね。福田って、あれは相当腰抜けだね」
前菜屋「それはテレビ屋のせりふだね」
姉御「モスクワのときは、アメリカがボイコットを呼びかけたから、日本はホイホイと追従した。だけど、今度はどうするんだい。中国の顔を立てなきゃいけない人たちもたくさんいるんだろう」
企画屋「アメリカもけっこうキツイことを言い始めているからね。自分たちのやっていることは棚に上げてさ」
テレビ屋「外務大臣は、オリンピックには参加するって言ってるよ。こいつも腰抜けだね」
姉御「アメリカが北京オリンピックのボイコットを呼びかけたら、政府はどうするんだろう」
企画屋「首相が辞めるんじゃないか?」
姉御「それから・・・?」
テレビ屋「政権を民主党に渡すんだよ。後は宜しく、お手並み拝見ってさ」
前菜屋「民主党はどうするの?」
姉御「カウントダウンの始まった爆発物をいきなり渡されたようなもんだね」
企画屋「オリンピック参加を決めて、アメリカに言い訳しに行くんじゃないか?」
テレビ屋「いやいや、政権をまた自民党に渡すんだよ。爆発寸前にさ」
前菜屋「もうそろそろ看板なんだけど・・・」
企画屋「今日はテレビ屋が誘ったんだから、テレビ屋が払うよ」
テレビ屋「え!?確かに行こうぜって言ったのはオレだけど、電話してきたのは企画屋じゃないか」
姉御「男の子がみっともない話をしているんじゃないよ。企画屋!今日あんたの口座にウチの会社からこの間の仕事のギャラが振り込まれているはずだから、今日はあんたが払いな。どうせ大した仕事していないんだから」
企画屋「だって、オレ金持ってないもの」
姉御「じゃあ、ツケておいてもらえばいいじゃないか。いいんだろう!?前菜屋」
前菜屋「明日の仕入れができないよ」
姉御「明日の客にはアタリメとか出しておきな」
フラ「私もごちそうになっていいのかしら」
テレビ屋「姉御が首相だったらなぁ」

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2008年1月30日 (水)

世間をねじ伏せた朝青龍関

朝青龍関のことについて、さんざん書いてきたから、初場所千秋楽の白鵬関との相星決戦について書かねばなるまい。
場所前、朝青龍関は、勝ち越すのがやっとくらいではないかと思っていた。2場所休んで、稽古も充分でない状態で、簡単に2桁勝てるほど(プロスポーツは) 甘くないと思っていた。大関陣が不甲斐ないというのもある。けれども万全でない中、紙一重の相撲でも勝ち星を拾っていくのは、相撲際に強いのだろうと思 う。それは、本当の強さだ。
相変わらずお行儀が悪く、品性という面では、眉をひそめることもあるけれど、千秋楽が近づくにつれ、それも芸のうちと許容できるようになってきた。
白鵬関との相星決戦。
力の入ったいい相撲だった。
一連の騒動の逆風をねじ伏せ、先輩横綱として力を誇示しようという朝青龍関といつまでも二番手ではないよという白鵬関の意地のぶつかり合い。
久しぶりにいい相撲を見せてもらった。
朝青龍関は敗れたけれども、結果でもって、世間をねじ伏せた。立派だと思う。来場所の取り組みが楽しみだ。

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2008年1月 8日 (火)

横綱の綱はそんなに軽いものだったのか。

朝青龍“締まらない”綱打ち欠席
 大 相撲初場所(13日初日、両国国技館)で土俵復帰する横綱・朝青龍(27=高砂部屋)は6日、東京・墨田区の同部屋で行われた綱打ちを欠席した。朝青 龍は午後に部屋を訪れて長さを調整したが、謹慎処分が明けてもマイペースぶりは変わらず。横審の石橋義夫委員も、8日の横審稽古総見では白鵬(22=宮城 野部屋)との“みそぎの三番稽古”を要望。周囲の厳しい目が光る中、その言動に注目が集まる。  主役不在の稽古場で、若手力士の掛け声だけがむなしく響き渡った。午前11時、朝青龍が初場所で使用する綱は、わず か1時間で完成した。だが、肝心の朝青龍と師匠の高砂親方(元大関・朝潮)は最後まで姿を見せなかった。朝青龍は午後2時すぎに部屋を訪れ、出来上がった 綱の長さなどを調整したという。
 朝青龍が年3回の綱打ちを欠席するのは珍しいことではない。しかし、今回は事情が違った。一連の騒動による謹慎処分明け。高砂親方も「まだ世間は納得し ていない」と年末年始のモンゴル帰国を却下したばかりだった。こういう時こそ、改心した姿をアピールする必要があったが、師匠はなぜか容認の構え。「前日 に(欠席の)連絡は来た。別にいいんじゃないの。いつも休んでいるから」と問題視しない方針だ。
 8日には横審の稽古総見が行われる。3日の稽古始めから何かと物議を醸している2横綱に対し、横審の石橋前委員長は、みそぎの三番稽古を要望した。「去 年はいろいろあったわけで、総見で頑張らないといけません。われわれも楽しみにしていますし、きっと(白鵬との稽古を)やってくれるでしょう」。東西の横 綱が稽古総見で対戦するとなれば、貴乃花、曙、武蔵丸が申し合いを行った01年5月以来6年8カ月ぶり。朝青龍と白鵬が激しい力比べを披露すれば、周囲の 評価も一変するに違いない。
 朝青龍は過去にも風邪で総見を欠席し、石橋委員から苦言を呈された前科がある。今回の総見で期待を裏切る言動があれば、再び批判の矢面に立たされることは必至。横審と協会上層部の前で、成長した姿を見せることができるか。
(2008年1月7日 スポーツニッポン)

横綱の締める綱というのは、そんなに軽いものなのだったのか。
自分の締める綱を同僚力士たちが打ってくれているというのに、そこに顔も出さない横綱というのは、人としてどうなのだろう。「感謝」の気持ちはないのだろ うか。こうした行為を容認する高砂親方もどうかしているのじゃないだろうか。もっとも親方本人も顔を出していないのだから開いた口がふさがらない。

報道を見ていると、朝青龍関のお行儀はちっともよくなっていない。反省した様子など、まったく感じられない。マスコミの取り上げ方が悪いのだと言わんばかりのふてぶてしい態度で、取材者に八つ当たりしているような映像は特に不愉快だった。

人の気持ちを考えることのない親方と弟子の姿は、残念ながら、相撲がスポーツでも伝統文化でもないところへ行こうとしていることを感じさせる。この流れを止め、方向を修正するのは誰の役目なのだろう。

ファンは相撲に単に勝ち負けだけではない、精神性の高さを求めている。その最高峰に位置するのが横綱のはずだった。
「勝てばいいのだ」という風潮がようやく見直されている中、範を示すのが相撲のはずだった。
私はがっかりしている。

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2007年10月26日 (金)

亀田家だけが悪いのか

金平・協栄ジム会長、あす亀田家の処分発表…興毅伴い会見
世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ12回戦で、亀田大毅(18)(協栄)が反則行為を繰り返した問題で、協栄ジムの金平桂一郎会長は25日、東京・葛飾区の「亀田道場」を訪れ、父の史郎氏らと試合後初めて話し合った。
金平会長は、史郎氏が記者会見を開いて謝罪する意思がないことを明らかにし、「ボクシング界に残るには改めて謝罪が必要と言ってきた。それを拒否するのだから、重い決断をしただと思う」と述べ、史郎氏がボクシング界から身を引く考えを持っていることを示唆した。金平会長は26日に、長兄の興毅(20)と会見を開き、亀田家側に対するジムの処分を発表する。
金平会長は、史郎氏には解雇を含めた厳罰で臨む方針を固めているが、興毅に対しては「ボクシングの意欲を失っておらず、安心した」と話し、大毅についても、「謝罪できる状態になったら、手を貸したい」と述べるなど兄弟については、復帰に向けて協力していく考えを示した。
(2007年10月25日20時48分  読売新聞)

亀田家を応援する人たちと批判する人たちの数が逆転したのは、疑惑の判定のころだろうか?
批判的な論調が増えたとは言え、しかし、それでも負けるまでは、それも遠慮がちだったように思う。

手のひらを返すというのは、こういうことか。

大毅選手が見苦しい反則によって、惨敗を喫し、亀田家の商品価値が暴落した途端、マスコミの論調は一変した。
分かりやすくて、情けない。

私は亀田家がメディアに登場したばかりのころは好意的に捉えていた。
父親を尊敬し、父親に従い、世界チャンピオンを夢見る、ちょっとやんちゃな兄弟。いつのころか分からないけれど、最初はそんな印象を持っていたと思う。
元バンタム級の世界チャンピオン・辰吉丈一郎選手は世界タイトルを奪取したリングで「オレはとうちゃんの子やで!」と叫んだ。感動的な父子愛だと思った。
亀田家には同じようなドラマを感じていた。
事実は分からない。しかし、最初は実際にそうだったのではないだろうか。

何度も言っているけれど、一連の亀田問題で最も反省すべきはTBSであると思う。

TBSは、大阪でドラマ性のある一家に目をつけた。最初はそんな親子を取り上げたら面白いという程度のものだったかもしれない。エスカレートしたのは、視聴率が良かったから、かもしれない。ここのところ視聴率では他局に水をあけられている。視聴率の取れそうなネタは大事にしたい。
亀田家でさらに視聴率を稼ぐには、亀田兄弟は勝ち続けなければならない。それも記録的に。強烈な個性も必要だ。ドラマ的というか漫画的な発想で亀田家の虚像が作られていく。視聴率を取るためには、多少のことには目をつぶるというのが、テレビ業界の倫理観だ。そこに哲学や美学はない。それはTBSだけの問題ではない。
メディアの力は強大だ。イメージを作り、ムーブメントを作るのは造作もないことだ。だからこそ気をつけなければならないのだが、メディアにその自覚は欠如しているように見える。
大阪で世界チャンピオンを夢見て、独特の方法で人一倍努力している父子。言い方は悪いけれど、それだけでしかない父子が確実に勝てる相手を東南アジアあたりから連れてきて、興行ができるはずがない。無理をしてでも勝ち続け、世界に最短距離で登りつめることを望む大きな力があったと考える方が自然だ。
想像の域を超えない話だけれども、亀田家はTBSのシナリオに乗り、演じたということなのだと思う。そして、恐らくは協栄ジムもTBSと密接な協力関係にあった。TBSのシナリオを知っていたからこそ、移籍金を支払ってまで亀田家プロモートの権利を手に入れたのだ。
内藤選手とのチャンピオンシップで大毅選手が受け取る報酬は1億円だという。巨額だ。しかし、亀田家を操っていた人たちはもっと巨額な利益を手にしているのではないだろうか。

明日、亀田家を代表する形で興毅選手が記者会見し、謝罪するのだという。
何について謝罪するのか。
「反則を指示した(ように受け取られた)こと」それから、「実際に大毅選手が犯した反則」についてだろう。それから、「これまでの言動について」か、「世間を騒がせたこと」か。

けど、これらのことは、すべて亀田家だけの責任に帰することなのだろうか。流れに乗って、増長してしまった部分はあると思うけれどけれども、私は亀田家だけが悪いとは思っていないし、そう思っている人は恐らく少数派ではないかと思う。みんな、誰が黒幕なのか分かっているはずだ。お父さんが明日の記者会見に出席しないのは、口封じではないかとさえ、私は思う。

亀田兄弟は、普通だったら、まずは西日本の新人王を目指し、日本チャンピオンを目指し、東洋太平洋チャンピオンを目指し、それぞれの段階で達成感を味わい、喜びを味わうことができたはずではないかと思う。家族だけでささやかに祝うという幸せなときも味わうことができただろう。

おにいちゃん。大変だね。いろんなことを背負って、まだ若いのに、本当の当事者が被害者面して、遠巻きにしている中で、四面楚歌の会見に臨まなければならない。悔しいだろう。けど、ボクシングが好きだから、ボクシングを続けることが、自分の、親父さんの存在意義を、この先証明する唯一の手段だから、やらないわけにいかないんだよね。若いキミには酷なことだと思います。
お父さんは作られた「亀田家のスタイル」に固執するようなところが見えたけれど、キミがファン・ランダエダ選手との再戦でスタイルを変えて、文句なしの判定勝ちを収めたように、スタイルを変えることは大問題ではないと思います。
おじさんは、あなた方の年長者に対する態度、チャンピオンに対する態度、同じようにボクシングを愛し、厳しいトレーニングに耐えてきている対戦者に対する態度を改めてもらいたいと思っています。

メディアは事実を掘り起こすものだ。部分を恣意的にことさら強調したり、まして演出することは常道ではないだろう。
佐瀬稔さんが、山際淳司さんが事実を深掘りすることで、感動的なドラマを生むことができることを示しているのに、テレビはなぜ安易な演出に頼ろうとするのだろうか。

穿った見方かもしれないけれど、スポーツに関して、特にTBSはセンスがないように思う。興毅選手のランダエダ戦の余りにも長い前振り、直近の世界陸上~スポーツを愛している人間が作った番組ではないことは誰にでも分かる。アイドルが大騒ぎをし、半可通がしたり顔で解説するような番組を私は見たいとは思わない。
スポーツの魅力を伝えようというより先に、視聴率が頭にくる。競技に対する興味やアスリートに対する尊敬はなく、テーマとして面白いか、面白くないかと思うから、スポーツというそれだけで上質なコンテンツに不要な演出を加えようとする。思い上がり、勘違いも甚だしい。

亀田家を糾弾するより前に、TBSや亀田家に群がった人たちが責められべきなのだとおもう。しかし、亀田家を商売の道具にして、ボクシングを歪めた張本人たちは、息を潜めていて、ほとぼりが冷めるのを待っている。同業者は明日はわが身なので、核心に切り込むことはしない。これ自体がとても残念だけど、同じような構図がそこここにあることが残念だ。

興毅くん。明日は辛いだろうけれど、頑張ってくれ。
真摯に自分の役割を演じれば、視聴者に不条理は伝わるはずだ。

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2007年10月17日 (水)

亀田兄弟の再起を期待する

亀田さんちのことは、前にも書いた。
http://hige-debu.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_235e.html

付け加えることはあまりない。

私は良かったと思う。

負けたことで、亀田兄弟の商品価値は下落した。
亀田兄弟を金儲けのために猿回しの猿にしていた大人たちは彼らから離れていくだろう。
亀田家の蹉跌を根掘り葉掘りして商売にできるのもそれほど長くはない。

お父さんは息子たちの指導から手を引いて、専門家に任せればいい。
壁にぶつかって謙虚さを学べば、彼らはまだ競技者として可能性がある。
専門家の指導で正しいトレーニングに励んで欲しい。ベースはできているのだ。
そうして、再スタートを切るために、一日も早くチャンピオン・内藤選手を訪ね、非礼を詫びて欲しい。

試合はお粗末だったし、見苦しかったけれど、彼らはまだ若い。
芯は腐っていないと思いたいし、巧妙なワルではない。
やり直しができるのだ。
これまで人にまねのできないほどの練習を積んできたのは事実だろう。
そうしたガッツはあるのだから、反省して、耐えて、心を入れ替えて、トレーニングをして、再起をして欲しい。

あんなこともあったけど、立派なボクサーになったなぁ。
そんな試合をしてくれる日を楽しみにしている。

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2007年9月19日 (水)

首位攻防戦

プロ野球セントラルリーグのペナントレースが白熱している。
上位3チームのどこが優勝してもおかしくない僅差で争う展開だ。
負けられない試合が続いているので、ベンチも選手も観客も盛り上がっていて、緊迫した好ゲームになっている。
そんな中で行われるタイガースとジャイアンツの試合だから、プロ野球ファンならずとも注目しているはずだ。
鍛え抜かれた男たちが年間チャンピオンを僅差で、死力を尽くして争っているのである。

なのに、17日も18日もテレビ中継がなかった。

ちなみに18日の民放テレビ番組をみてみると、TBS系列が「ぴったんこカン・カン」~「学校へ行こう!MAX」。日本テレビ系列が「ドリームビジョン!」~「踊る!さんま御殿!!」。フジテレビ系列が「青春アカペラ甲子園ハモネプリーグ」。テレビ朝日系列が「鶴瓶のニッポン武勇伝”言わずに死ねるか”我が家のスゴイ人SP」。」
私がプロ野球ファンだから言うわけではないと思うけれど、どれもどうでもいいバラエティである。この時間に放送しなければならない必然性はない。
BSはどうなってるかと見てみると、TBS系は「ニュースバード」~「グッドライフ」~「LOST(シーズン2)」。日本テレビ系は「音楽のある風景」~「にっぽん水紀行」。フジテレビ系は、あぁもう書くのが嫌になってくるくらい、わけの分からない番組か通販系の番組である。当然、地上波以上にこの時間に放送する必然性のない番組ばかりである。

どうしてそういう番組を休止して、プロ野球中継を入れることができないのか。

業界の友人に聞いたところ、ニュースのために、アナウンサーも含めてスタッフが入っているので、中継することは、現場の立場から言えば、それほど難しい問題ではないと言う。営業とか編成の問題ではないかということだ。

詳しく知らないので、これから書くことは、想像が入るから、間違っていたら、遠慮なく指摘して欲しい。

テレビ局としては、事前に決まっている番組をそのまま放送する方が楽ちんでいい。営業は何ヶ月も前に、いつこういう放送をするので、スポンサーになってくれませんかと話をしているので、内容が変わってしまうのは、はっきり言って迷惑だ。内容が変われば、スポンサーの了解を取らなければならなくなり、仕事が増える。編成も終わりの時間が読めない野球中継を入れるとなると面倒だ。雨が降って中止になったときのことも考えなければならないし、放送を延長しなければならなくなると、営業も巻き込んで面倒なことが起きる。スポンサーの了解を取らなければならないし、後の編成をどうするかという対応もしなければならない。予定していた放送をなぜ定時に放送しないのだというクレームの電話も入る。押したことでスポットCMが落ちたりすると、保障をつけなければならない。ごねられたら、局長クラスが詫びにいかなければならないことになり、自分の所為でもないのに嫌味を言われることになる。
プロ野球中継の視聴率が低迷したことで、こうした苦労から解放されたのに、いくら注目されているからと言っても、あえて野球中継なんてしたくない。そういうことではないのだろうか。

日本という国が徐々に壊れ始めていると思うのは、ろくでもない閣僚が就任しては辞めていくからではない。政治家は昔からそういうところがあったから、最近頻繁だなとは思うけれども、驚くに値しない。
驚き、嘆くのは、日本が誇る現場での不祥事が報告されはじめていることである。
私は40代半ばだが、親父の世代はまず自分の納得しない品物を世間に出さない。そうした親父たちの影響を色濃く受けている私たちも、同じように自分が納得できる仕事をしてきた。そう思っていた。

日本の現場はそうした高い職業意識に支えられえてきたと思う。そうしてそれは父から子へ伝えられてきたはずなのだ。
家庭ではタテの物もヨコにしない親父でも、職場では信じられないような勤勉さと執念を発揮して、昼夜をいとわず働いていたはずなのだ。

面倒くさいから、仕事が増えるからと理由でジャイアンツとタイガースの大勝負が中継されなかったとしたら、大問題だ。国家の根幹に関わる。

国会議員が彼らの論理で国民不在のコメントをすると、鬼の首を取ったように大騒ぎするマスコミが、マスコミの論理で視聴者不在のことを平気でやるというのはどういうことだろう。

働くということは、どういうことなのか。親父たちがもう一度息子たちに教えてやらなければならない。

ちなみに私はタイガースファンである。17日も18日もタイガースは接戦を制し、快勝した。それが見れなかったことが一番悔しいのである。

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2007年8月 8日 (水)

真価が問われる横綱

朝青龍「急性ストレス障害」帰国必要…高砂親方が会見
 横綱朝青龍(26)の師匠、高砂親方(51・元大関朝潮)は7日午後、日本相撲協会で会見し、協会指定の精神科医の診断でも帰国療養が必要とされたことを明らかにした。また、自宅マンションに閉じこもり、肉声の聞かれない密室の横綱の様子について、6日に朝青龍を見舞った島村宜伸元農水相が夕刊フジの取材にこたえた。
 高砂親方は、テレビカメラを拒否して開いた会見で、朝青龍の病名を「急性ストレス障害」と明かした。朝青龍は6日深夜に相撲協会が指定した精神科医から診察を受けていた。
 高砂親方は朝青龍の状態について「昨日の医者はうつではないと診断した。落ち着かせる期間が必要で、1日2日静観する」と話した。また同医師は治療法について「入院するのが一番いいが、それは大変でしょう」と話したといい、当分はこのまま「休養」を続ける見通し。モンゴルへの帰国について親方は「私の口から帰るとはいいたくない」と言葉を濁した。
 6日深夜の診察に同席した相撲診療所の吉田博之所長は「横綱は無表情で何もしゃべらない。食事も十分にとっていないようだ。モンゴルへ帰れば、少なくとも今の状態からは逃れられる」と話していた。
 朝青龍は5日に知人の精神科医の診察を受け、この医師は「抑うつ状態」と診断し、モンゴルへの帰国療養を勧めていた。高砂親方は複数の医師の診断が必要と判断。協会医務委員会が指定した医師に診察を依頼していた。
 今後の横綱の治療方針については相撲協会との相談のうえで決められるが、この非常時に最終判断を下すべき北の湖理事長は「8日まで夏休みで東京にはいない」(協会関係者)。緊急理事会は電話による「持ち回り」でも成立するというが、ここでも危機管理能力が問われている。
 島村氏はモンゴルとの橋渡しの活動で朝青龍と知り合い、3年来の付き合いだという。何も食べていないという朝青龍に高級大阪寿司を持参すると、横綱は「ご迷惑をかけまして」と、一言だけ発した。
 広いリビングルームはきちんとかたづけられていたが、カーテンが閉められ、電気もつけず暗いまま。朝青龍は「ソファに座ったまま動かず、ずっと目をつぶっていた。そばにお茶もないというのは普通じゃない。人の10倍食べる人が全く食べたり飲んだりしないのだから。黒いTシャツ姿で、髷(まげ)はぐしゃっと乱れていた。ビン付けのにおいもなくバサバサ。あんな姿の横綱は見たことない」
 テレビはついていたが、横綱は見ようともせず、目を開ければ、じっと一点を見つめている。島村氏は「多少は職業柄、表情などで深層心理はわかるつもりだが、これはかなり厳しいと思った。部屋には約30分いたが、10分が2時間にも3時間にも感じた」と話した。
 島村氏によると朝青龍は、行司木村庄之助の引退時に花道から下がらないで待ち、自らの懸賞金を抜いて「ご苦労さん」と手渡したのだという。
 「あんな横綱はいない。あれは日本文化。このまま(横綱を)監禁していなきゃいけないのか。これで一人の青年が傷ついておかしくなったなら人道上の問題がある。2場所出場停止だって大変なこと。目的なくけいこに励めといったって並みの人間にどこまでできるか。異国の人とはいえ、一人の青年なんだから。日本の国技の中にまだまだ鎖国的な考えがあるのかな」。島村氏はそう話した。
(8月7日17時1分配信 夕刊フジ)

前にも書いたけど、私は朝青龍関に対して好ましい感情を抱いていない。
謙虚さがないからだ。
http://hige-debu.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_9d77.html

そもそも巡業を休む理由にした全治6週間の診断書は本物だったのだろうか。
もし、これが巡業を休んでモンゴルに帰るために「作られた」ものだったら、「抑うつ状態」とする診断も、もれ聞こえてくる証言も疑わしいということになる。
あのサッカーの映像を見れば、大方の人は全治6週間の診断書は作られたものだったという心証を持っていると思う。

精神科医の診察を受けたと言われると、それだけで何か批判しにくいような雰囲気が生まれてくる。
謹慎生活から逃れ、モンゴルに帰るためにそういった空気を意図的に作り出しているとしたら、やり方が卑劣だ。
同じような病気で苦しんでいる人たちに失礼な話だろう。

横綱が最後にテレビカメラの前に姿を現したのは、批判を受けて、急遽帰国したときだ。
このときの映像は、反省しているようには思えなかった。
傲慢で不遜な態度に見えた。
その後、どのような心の動きがあったのか分からないが、帰国時の映像と「抑うつ状態」というのがどうしてもつながらない。

この問題が今後どのように推移するのか分からないけれども、モンゴルに帰るようなことになれば、それは引退を意味することになるだろう。
横綱が今の地位に留まろうとするならば、真摯な態度で稽古に励み、初場所で結果を出すことだ。

好ましい感情を抱いていないとは言っても、横綱には立ち直ってもらいたいと思っている。
自らが招いた逆境と正面から向き合い、乗り越えることができたら、朝青龍関は尊敬される本物の横綱になるだろう。
ここが我慢のしどころ、真価が問われているのだ。頑張れ。

本来なら、そうした指導を親方、理事長がしなければならない。
親方は、電話で話しただけ、理事長は夏休み。
問題は横綱だけにあるのではないのかもしれない。

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2007年7月27日 (金)

横綱の品格

ホントに腰痛?横綱朝青龍、故国でサッカー親善試合に出場
 腰痛を理由に8月3日から始まる大相撲夏巡業の休場を表明していた横綱朝青龍が療養先のモンゴルでサッカーをしていたことがわかった。
 師匠の高砂親方(元大関朝潮)は26日、「週末か来週早々にも帰国するので、巡業に出られるようなら出す。駄目なら入院させる」とコメントした。
 名古屋場所で21回目の優勝を飾った朝青龍は場所後に腰の疲労骨折と診断されたといい、25日朝に師匠が巡業への参加を見送ることを明らかにした。
 しかし、朝青龍が同日、元日本代表の中田英寿氏らとサッカーをしていたことが判明。高砂親方によると、横綱はモンゴルの政府筋からの依頼で親善試合に出場したといい、Tシャツ姿の横綱が元気に走り回り、シュートを決める場面は日本のテレビでも放送された。(2007年7月26日18時53分  読売新聞)

 膝を痛めていた横綱・貴乃花関との対戦後、敗れた大関・朝青龍関は「膝を狙えば良かった」と言ったという。それをスポーツ新聞で読んで、なんて品のない大関だろうと思った。
 スポーツは勝つためにやるものだ。けれども、勝つために、何をしてもいいわけではない。勝負以上に礼節が求められる格闘技、それが大相撲だ。上位のものが下位のものに対して奇手を使うだけで、堂々とした勝負をしなければならないと批判される。
 外国人だからというわけじゃなく、朝青龍関には力士としての資質がないのではないかと思った。
 その後、朝青龍関はあれよあれよと言う間に横綱の地位に上りつめた。世は競争原理一辺倒の小泉政権。相撲も変わってしまうのではないかと心配した。

 腰の疲労骨折を押して名古屋場所を勤めたと聞いて、少し見直していた。膝の故障を押して、自分を見に来るファンのためにと、無理を承知で出場した貴乃花関の姿と重なったからだ。

 それがこれだ。

 横綱なら巡業がどういう意味を持つのか知っていたはずだ。サッカーに興じることができるのなら、仮に故障が事実でも、土俵入りくらいはできたのではないかと思う。
 彼が手にする巨額の報酬は何を根拠にしているのか、そんな当たり前の、とても大切なことが彼には分かっていなかったのだ。

 協会は厳しい態度で臨むと言われている。
 私はこの際、朝青龍関には、辞めていただいた方がいいと思っている。
 相撲は、勝てばいい、強ければいいというのではないのだということをはっきりと示す必要があると思う。
 相撲の伝統、横綱の品格を守るにはそれしかないのではないだろうか。

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2007年1月31日 (水)

八百長疑惑

朝青龍「1人でも法的手段をやるよ」
1月30日17時24分配信 日刊スポーツ
 横綱朝青龍(26=高砂)が30日、一部週刊誌が報じた八百長疑惑に関して、日本相撲協会の事情聴取を受け、疑惑を否定した。
 午後1時20分、東京・両国国技館に出向いた朝青龍は、監察委員長の友綱親方(元関脇魁輝)らからの質問に「一切ない。相撲を、命をかけてやっている」などと話した。聴取後、群がる報道陣に対しては「大関のころから何だかんだ言われてもう耐えられない。1人でも法的手段をやるよ」と強い口調で訴えた。

大相撲のいわゆる八百長疑惑は昔からある。
テレビで観ていると、素人目にも「あれっ?」と思う取り組みがあるのは事実だ。

大相撲を生で観戦したことは数えるほどしかないけれど、生の大相撲は、国技館の端っこにいても立ち会いのときなど骨と骨がぶつかり合う凄まじい音が聞こえてきて、その迫力に圧倒させられる。

元横綱の曙関と話をする機会があった。曙関は生ビールの中ジョッキを何度も一気に飲み干して、立ち会いは30kmで走ってくる軽自動車を受け止めるような圧力と言っていた。常人なら生死に関わる。さすがの曙関も実際に軽自動車を受け止めたことはないだろう。曙関の話に根拠があるのかどうか分からないけれども、国技館で聞いた骨と骨がぶつかり、軋む音を聞いていると、それもそうだろうと思えた。国技館で私は寒気がして、トイレで少し吐いた。

八百長などということがあってはならないと思う。しかし、もしかするとあるのかもしれないなと、どこかで思うのは、あんなに激しい立ち会いを15日間も続けていたら、例え力士といえども生身の人間、体がもたないのではないかと思うからだ。故障はアスリートにとって命取りになる。生活がかかっているとなれば、競技をつづけるための阿吽の呼吸はあるだろうということは想像できる。

けれども、常人には想像もできない肉体を持ち、その肉体を駆使してプレーするのがプロスポーツ選手だ。九重部屋の稽古を観る機会があったけれど、彼らは死人が出ないのが不思議なほどの稽古をしている。

件の週刊誌の記事はラーメンを食べながら読んだ。決定的な証拠が提示されているわけではない。「怪しい」というレベルの状況情報を積み上げているだけのものだ。火のないところに煙は立たないというけれど、八百長報道が仮に誤報だとしたら、身体が歪むような稽古、立ち会いをしている力士はやりきれないだろうなと思う。

朝青龍関は法的手段に訴えればいいと思う。簡単に白黒がつくような問題ではないとは思うけれど、事実に迫る動きは歓迎したい。

私が心配するのは、大相撲がこの一件で全ての取り組みがいかさまと思われてしまうことだ。
生の相撲、生の稽古を観て欲しい。鍛え上げられた大きな男たちがぶつかり合う迫力はテレビでは感じられないものだ。

曙関はよそへ行って、パッとしないけれど、私は今でも相撲は地上最強の格闘技だと思っている。

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2007年1月25日 (木)

中村紀洋選手へ

中村「とる気ない」=プロ野球・ヤクルトオーナー
2007年1月24日(水) 19時32分 時事通信 
 ヤクルトの古田監督がオリックスを自由契約となった中村紀洋内野手の獲得を希望する発言をしたことについて、堀澄也オーナーは24日、「古田君には申し訳ないが、今のところとる気はない」と述べた。オーナー会議が開かれた東京都内のホテルで報道陣の質問に答えたもので、「実績のある、いい選手と知っているが、社長と球団の報告では打者の補強はしてある。若手を育ててほしい」と話した。
 古田監督は同日、報道陣からオーナーの言葉を聞き、「そうですか、はい」と一言。今後、球団に獲得を申し出るつもりはあるか、との問いに対しても否定的な発言をした。

 「実績のある三塁手がプレーをしないのは球界の損失」とまで言ったのに、古田監督のこの変わりようはなんだろう。1リーグ再編問題のときにあれだけ頑張ったのだから、経営陣に言われて「ハイそうですか、おっしゃるとおり」と簡単に折れるような人ではないのではないかと思う。それとも立場が変わって、人が変わってしまったのか。

 選手会の動きも不可解だ。「支援する」と言って、バファローズに抗議文を送ったはずなのに、バファローズからの回答後、動きがない。どういうやりとりがあったのだろう。

 球団と揉めた中村選手の印象は良くない。特に球団幹部はそういう選手は取りたくないだろう。しかし、選手会までもが口をつぐんでいるのはどういうことだろう。公表できない中村選手側の問題があるのだろうか。ファンには真実を伝えて欲しい。

 バファローズは拾ってやったという気持ちがあっただろう。球団が大変なときに、団野村さんに強弁させて、後ろ足で砂をかけるようにして出て行った選手だ。そんな選手を大枚はたいて拾ってやったのに、怪我があったにせよ、2割3分2厘、12本塁打という期待はずれの成績。大幅減俸でも文句は言わないだろうと考えるのが普通だ。チャンスを生かせなかったのだから、出直すつもりでやりなさいということだ。

 中村選手は「球団の対応に愛が感じられない」と言っているらしいけれど、それは自分が球団を愛していなかったのだから仕方がない。ファンもそれを感じているから動かない。

 最初はお金の問題だったと思うけれど、今はお金の問題じゃないと中村選手は言っている。だったら、「買い」だと私は思う。スワローズは三塁手がいないのだから、獲ればいいと思う。2,000万円程度の金で契約できるのなら、お得な買い物だ。けど、日本のプロ野球はそういうビジネスライクなところで動いていない。

 身から出た錆かもしれないけれど、各球団の戦力整備が終わったこの時期になって、放り出される中村選手はやっぱり不憫だ。そういう意味ではもっと選手会が頑張ってもいいのではないかと思う。

 バファローズの宮内オーナーがバファローズで働きたいというのなら、契約してもいいと言っているそうだ。悔しいかもしれないけれど、ここは頭を下げて、バファローズに世話になったらどうだろう。臥薪嘗胆。頑張っていい成績を残していけば、FA権を手に入れることもできるだろう。そのときに胸を張ればいい。本人に自信があるのなら、なおさらだ。ファンもそのときは賞賛と祝福を贈るだろう。

 中村紀洋選手のこれまでの行動を私は是認しない。しかし、才能を惜しむ。頑張れ、中村紀洋。

 寝る暇もないほど忙しいのに、私はこれを書いているのだ。

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2006年10月24日 (火)

プレーオフという浅知恵

ついに導入!セパ同一形式でPSG
 プロ野球実行委員会が4日、東京・内幸町のコミッショナー事務局で開かれ、セ、パ両リーグが来季から同一形式のポストシーズンゲーム(PSG=仮称)を初開催することが正式決定した。試合数も、交流戦24試合、リーグ戦120試合の144試合制で統一。昨年の交流戦導入に続く新たな試みで、球界のさらなる活性化を目指す。
 セ、パの利害が対立し、難航してきたPSGの開催がようやく正式に決まった。実行委員会で最終協議の末、4年ぶりに両リーグが試合数を統一し、同一形式で初開催することで合意した。
 最大の焦点だった試合数は、交流戦を現行36試合から24試合に削減し、リーグ戦120試合と合わせた144試合制でまとまった。ただ交流戦数は2年間の暫定とし、「想定外の問題が出てくればその時点で検討する」(豊蔵セ・リーグ会長)と将来的な見直しに含みを残す形となった。
 またリーグ優勝の決定法に関しては紆(う)余曲折があった。パから「現行のプレーオフで決める形を維持したい」との声がこの日、再び上がり、議論は一時、平行線をたどった。ただ、レギュラーシーズン1位を優勝とすることは23日の検討小委員会の合意事項でもあり、最終的にパが矛を収めた。
 PSGの実施方式は、パの現行プレーオフを踏襲する。まず2位と3位チームが3試合制の第1ステージを戦い、その勝者が1位チームと5試合制の第2ステージを戦う。詳細日程は後日決まるが、パがセよりも1週間早い3月24日に開幕するため、PSGの開幕もパが数日早くなる見込みだ。PSGに代わる新名称や、上位チームへのアドバンテージの有無など、詳細は9月末の事業委員会で検討される。
 交流戦に続いて打ち出す「新機軸」は、ファンの支持を得られるか-。来季は球界の真価が問われる1年ともなる。
(デイリースポーツ) - 9月5日10時48分更新

 パ・リーグが採用したときから、プレーオフという制度は気に入らなかった。
 それはレギュラーシーズンの価値を貶めるものだと感じたからだ。

 1位、2位チームが高いレベルで優勝争いをすれば、リーグ3位のチームは、勝率5割を割ることもある。今年のスワローズがそうだ。リーグ優勝したドラゴンズとのゲーム差は14.5もある。レギュラーシーズンを負け越したチームが、長期戦を勝ち抜いたチームに勝利数で17も差をつけられたチームが、短期決戦でたまたま、たった9つ勝ってしまえば、日本一の栄誉を手にすることができる。そんな馬鹿なことがあるか。

 プロスポーツは興行ではあるけれど、スポーツの本質を忘れたところでは成立しない。
 いくら興行的に成功したとしても、それは長続きしないのだ。

 スポーツの本質とは何か?
 誰が一番速いのか、誰が一番巧いのか、誰が一番強いのか、誰が一番美しいのかを公正なルールの下で競い合うことだ。
 鍛え上げられた肉体、強靭な精神、磨き上げられた技術、駆け引き。そこに運という不確定な要素が入って、スポーツは面白くなる。ドラマが生まれる。人を感動させる熱を持つ。

 来シーズンから、セ・リーグもプレーオフ制度を導入するのだそうだ。

 ひょっとすると、来シーズンは、両リーグから優勝チームでない、レギュラーシーズンを負け越したチームがプレーオフを運よく勝ち上がって、日本チャンピオンを争うことになるかもしれない。日本シリーズは、日本一強いチームはどこかを決めるのではなく、日本一運の良かったチームはどこかを決める戦いになってしまう。レギュラーシーズンを戦う意味がない。そんな戦いのどこが面白いのだろう。プレーオフどころかレギュラーシーズンへの興味も薄れてしまう。

 プレーオフなんて制度は、哲学のない興行屋の浅知恵で生まれたものじゃないか。
 スポーツの素晴らしさを伝える役割を担っているはずのスポーツマスコミはいったい何をしているのだろう。

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2006年9月28日 (木)

中田英寿さんの敗訴確定

キス写真掲載、賠償求めた中田英寿さんの敗訴確定
 元サッカー日本代表の中田英寿さん(29)が、女優の宮沢りえさん(33)とキスをしている写真を「週刊現代」に掲載されてプライバシーを侵害されたとして、発行元の講談社などに損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は21日、中田さん側の上告を退ける決定をした。
 講談社側に120万円の支払いを命じた1審・東京地裁判決を取り消し、中田さんの請求を棄却した2審・東京高裁判決が確定した。
(読売新聞) - 9月21日19時38分更新

 SHINJOが好きか嫌いか。私は好きだ。
 彼はその過剰ともいえる演出や奇抜な行動で注目を浴びてはいるけれども、アスリートとしても1級品だ。
 プロ野球はショービジネスだ。彼はそれに徹しているように見える。
 彼はそのショーマンシップばかりが取り上げられるけれど、プロスポーツの世界は、それだけで生きていけるほど甘い世界ではない。前提として、アスリートとして1級品でなければ、生き残ることはできない。彼の肉体や技術が1級品でなくなったとき、どんな演出があっても、演出があればあるほど、プロ野球ファンはそっぽを向くだろう。基本はアスリートとしてどうかということだ。彼はそれを知っている。……と思う。

 スポーツジャーナリズムはどうか。野球に関しては、故山際淳二さんの「江夏の21球」をはじめとするレポートがある。故佐瀬稔さんのレポートも秀逸だった。しかし、ハンカチ王子騒動に象徴されるように、メディアは別の側面を取り上げすぎるように思う。

 ボクシングの亀田興毅選手は(いろいろと批判はあるが)世界チャンピオンである。アスリートとしては1級品だ。某局の姿勢がむしろその存在を貶めているように私には思える。

 ファンはゴシップを伝えてもらいたいのではない。行き過ぎた演出もいらない。極端なまでに磨き上げた肉体や技術、それを支える精神を伝えてもらいたいのだ。

 で、中田さんの敗訴だけど。

 地裁が講談社側に賠償を命じているのだから、法的解釈としては微妙なのだろう。
 法は何のためにあるのだろう。
 そこには、お互いが気持ちよく生活するための知恵がなければならないのではないだろうか。

 中田さんは(元)サッカー選手。宮沢さんは女優。どちらも有名人で、少なからず個人の意見や生き方が社会に影響を与え得る立場にある。しかし、彼らが恋仲になろうが、どうなろうが、キスをしようが、何をしようがそれは彼らの勝手であって、メディアが紙数を割いて紹介するべきものではないと私は思う。いや紹介するメディアがあっても別にいいのだけれど、キスをしている写真を掲載するのは、明らかに行き過ぎで、明らかにプライバシーを侵害しているのではないだろうか。

 ゴシップや派手な演出ばかりで、存在意義を見失ったメディアに「ジャーナリズム」という言葉を語る資格はない。
 メディアが多様化している現在、特権意識に凝り固まって、その存在をどんどん軽くしているメディアは、淘汰されていくだろう。
 だって、居酒屋で語られている野球談義の方が私にとっては上質だもの。まずは一流のアスリートに敬意を表するところからはじめてはどうかと思う。

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2006年8月22日 (火)

高校野球の光と影

準優勝の駒大苫小牧、選抜辞退乗り越える 
 3月。チームはどん底だった。卒業式の夜、部員の卒業生が飲酒、喫煙で補導された。春の選抜大会を辞退、香田誉士史監督も辞任した。
 学校の会議室で、補導された先輩たちは自らの行為をわび、皆、泣いていた。
 「これ以上、気にしないでください。気持ちを切り替え、次を目指していますから」。現役部員を代表して、本間篤史君はそう言った。
 だが、簡単に吹っ切れたわけではなかった。練習後は寮に集まり、「終わったことは仕方ない。まだ最後の夏がある」と話し合った。三木悠也君は「みんな自分に言い聞かせるようだった」と振り返る。
 奥山雄太君は「選抜辞退より、香田監督がいなくなったことの方が大きかった」と言う。「野球をやっている意味があるのかとさえ思った」
 香田監督も体重が連覇の時より14キロ減った。「球拾いでもいいから」と、全国の仲間を訪ね歩いた。先輩が指導する高校でノックバットを振ると、無心になれる自分を感じた。
 5月、香田監督が復帰。チーム作りの遅れを取り戻すかのように、練習は厳しさを増した。
 「それじゃアップにならねえだろ」。準備運動から厳しい言葉が飛んだ。小林秀君は「ちょー細かい。監督はO型なのにA型野球だ」と表現する。
 それからは、野球づけの日々。「去年より進化しないと勝てない」と、春の全道大会中も朝練をしてから試合に行き、学校に戻って、また練習した。「選抜に出ていたら、安易な気持ちで夏に臨んでいたかも知れない」と香田監督。
 2年前の初優勝では「北海道は弱い」という常識を破り、連覇した昨年は王者の重圧をはね返した。そして今年は悔しさを。みんなで戦い抜き、宝物を手に入れた。
(2006年08月21日19時40分 朝日新聞社)

駒澤大学苫小牧高校と早稲田実業高校の2日間にわたる熱闘。月並みな言葉だけれども、ひたむきなプレーに感動した人も多いだろう。
私は日曜日の試合はテレビ観戦できたけれども、今日(8月21日)の試合は観ることができなかった。
日曜日の試合は、引き分け再試合が決まって、ホームベースを挟んで挨拶をした後、駒大苫小牧・田中投手のすがすがしい笑顔が印象的だった。今日の試合は、ニュース映像しか見ていないけれど、最後の打者になった田中投手が空振りをした後の「あぁ終わった」という表情が印象に残った。
この2日間の試合に関しては、多くの方がレポートを書いているだろう。私は今日の試合を観ていないこともあるから、試合のレポートについては、他に譲ることにして、駒澤大学苫小牧高校の選抜出場辞退について、改めて考えてみたいと思う。

不祥事によって、出場を辞退するというのは珍しい話ではないけれど、私には理解できない。
法を犯した者が出場できないというのは分かる。当たり前ではないか。監督やコーチにも監督責任はあるだろう。しかし、甲子園という晴れ舞台を目指して、多くの犠牲を払って頑張ってきた部員たちにどんな責任があるのだろう。思いつめて頑張ってきた日々を無にしなければならないような責任が彼らにあるとは到底思えない。出場辞退をする側、させる側の第三者にどんな理屈があるのだろう。まったく納得できない。

駒大苫小牧の場合、同じメンバーで最後の夏があるというように切り替えることができたかもしれないけれど、これが夏だったら、取り返しがつかない。原因を作ってしまった生徒の心の傷もまた取り返しのつかないものになる。

連帯責任。そういうことなんだろう。
そういう考え方がよその国にあるのかどうか知らない。
連帯責任という言葉からは、お互いに高めあうといったようなポジティブなニュアンスは伝わってこない。伝わってくるのは、陰湿でジメジメした為政者のための相互監視というニュアンスだ。

大宝律令の時代から続くこうした為政者に都合のいい仕組みは、高校野球の世界ばかりでなく、私たちのを暮らしのそこここに生きている。私たちの国はいつまでこうした悪しき伝統を大事にするのだろうか。

早稲田実業の齊藤投手は4連投。この2日間で約300球のボールを投げた。無責任に美談っぽく語られているけれども、140km台のボールを300球も投げることが、成長途上の身体に与える悪影響は想像に難くない。刹那的な美学も高校野球の魅力の一つではあるけれども、彼らの野球人生ははじまったばかり。日程も含めて、合理的な判断がされなければならないと思う。

で、終わりにしようと思ったのだけれど、智弁和歌山の高塚投手のことを思い出してしまった。

平成8年のセンバツ決勝で破れ、準優勝に終わったときの智弁和歌山高校のエース・高塚投手は、プロのスカウトも注目する選手だった。けれども、連投に次ぐ連投で肩を壊してしまった。その年の夏は出場機会なく、学校も甲子園の初戦で破れた。翌春は甲子園に出てこれなかった。その夏、甲子園の初戦、新潟県代表の日本文理高校との試合に監督、コーチ、チームメイトの願いを背負って、地方予選でも登板のなかった彼は先発したけれども、2回を投げて5失点という散々な成績で降板している。私はこの試合を墓参りに行く途中の車の中で聞いていた。彼の栄光、彼の才能、彼の無念を思い、涙が止まらなかったのを覚えている。

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2006年8月 3日 (木)

亀田興毅選手の不幸

亀田興、19歳で新王者に=ダウン喫すも、判定勝ち-WBA・Lフライ級
2006年8月2日(水) 22時1分 時事通信 
 世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級王座決定戦は2日、横浜アリーナで行われ、同級2位の亀田興毅(19)=協栄=が同級1位で元WBAミニマム級暫定王者のフアン・ランダエタ(27)=ベネズエラ=を2-1の判定で破り、初の世界戦で王座に就いた。
 弟の大毅(17)、和毅(15)もボクサーで、爆発的な人気を持つ亀田3兄弟の先陣を切った長兄興毅。1回にダウンを喫するなど手数の多い相手に苦しんだものの、中盤でポイントを稼ぎ、12戦無敗で世界タイトルを手にした。
 10代で世界王者になった日本選手はファイティング原田(19歳6カ月)、井岡弘樹(18歳9カ月)に次ぎ史上3人目。12戦目での世界王座獲得は日本ジム所属選手で5位タイの速さで、日本選手と未対戦でタイトルを手にしたのは初のケース。
 協栄ジムからの世界王者は10人目で、日本ジム所属の現役世界王者は歴代最多タイの6人。
 戦績は亀田が12戦全勝(10KO)、ランダエタは20勝(16KO)4敗1分け。

負けだったよね。誰が見ても。
判定を聞いて吃驚した。

亀田興毅選手はそんなに強くない。弱い相手を選んで闘っているのだという記事をあちこちで読んだ。
だけど、世界ランカーと12ラウンド闘うことができるのだから、それほど弱いわけではないのだろう。
むしろ競技経験のない親父さんの下で独創的なトレーニングを積んで、よくここまでやってきたと思う。

だけど、やっぱり、今日の試合は亀田興毅選手の負けだった。
試合後、彼は「どんなもんだ!」と言ったけど、少なくとも勝ってはいないことは、彼自身が一番良く分かっているだろう。

亀田興毅選手については、以前も書いた。

私は彼のことが好きではないが、彼が悪いとは思わない。
彼は彼なりに一生懸命やっていると思う。
でなければ、世界ランカーと12ラウンドを闘うことなどできないはずだから。

悪いのはとりまきの大人だ。
彼は競技者ではなく、猿回しのサルでしかない。
それが彼の不幸だ。

負ければいいなと思った。
負けて、相手は強かったというコメントが、彼から出てきたときに、彼は猿回しのサルから競技者になれるのだと思った。

協栄ジムがこのようなことをするのは、初めてではない。
過去にも二枚目ボクサーを強引に世界チャンピオンに据えたことがある。

一番良くないのは、TBSだ。
試合が終わって、すぐにテレビを消したので、以前のような馬鹿げたパフォーマンスが、今回もあったかどうかは分からない。しかし、そのようなことがあったにしてもなかったにしても、TBSがボクシングという競技を、亀田興毅という将来性のある若い競技者を冒涜したことに変わりはない。

TBSは、亀田兄弟を金儲けの道具に使っているに過ぎない。
負けてもらっては困るのだ。

そこには競技、競技者に対する畏敬の念がない。それは長々と流された試合前のビデオを見ても明らかだ。

薄汚い、品性下劣なとりまき達のせいで、亀田兄弟は今後も競技者としてではなく、猿回しのサルとして、過剰に演出されたショーの中で生きていくことになるのだろう。

亀田興毅選手は、今日、世界チャンピオンになった。
しかし、同時に多くのものを失ったような気がしてならない。

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2006年6月24日 (土)

イチローとナカタ

奇跡ならず日本1次L敗退 W杯ドイツ大会第14日
2006年6月23日(金) 6時43分 共同通信 
【ドルトムント22日共同】サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会第14日は22日、ドルトムントで1次リーグF組最終戦の日本-ブラジルを行い、日本は1-4で逆転負けした。日本は1勝もできず、クロアチアと引き分けた勝ち点1だけで同組最下位となり、2大会連続の決勝トーナメント進出はならなかった。
 ブラジル戦に1次リーグ突破への望みを懸けていた日本は、不振のFW陣を入れ替え、今大会初先発出場の玉田圭司(名古屋)が前半34分に先制点。しかし、前半終了間際にロナウドに同点ゴールを許した。後半も相手の爆発的な攻撃を抑えることができず4失点。ロナウドは2点を挙げてミュラー(西ドイツ=現ドイツ)の持つW杯通算最多得点記録14に並んだ。ブラジルは優勝した前回大会からの連勝記録を10と伸ばした。

前夜の酒席を早々に切り上げ、早起きをしてテレビ観戦した。
玉田が先制点を入れたときには、「ひょっとすると、ひょっとするのか?」と期待をしたが、やはりブラジルは一枚も二枚も上手だった。
野球少年だったにわかサッカーファンがあれこれ言っても誰も聞く耳を持たないだろう。現場では専門家がベストと判断してやったことだから、戦略、戦術や選手起用については何も言うまい。

ドイツでの3試合を見ていて思ったのは、選手のコンディションの悪さとチームとしてのまとまりの悪さだ。
それぞれが高い能力を持ち、勝利に対する意欲を持っていたことは感じる。しかし、この3試合、それは常に空回りしていた。
日本は中盤にタレントが多い。中田英寿、中村、小野は世界に通用する選手だろう。小笠原、稲本だってそうだと思う。三都主、加地がサイドを切り裂き、クロスを上げるもしくは中盤にボールを渡すという形が日本のチャンスメイクの形だったはずだが、ほとんどそういう形を作ることが出来なかった。
日本の誇る中盤は最後まで連携してゴールに向かう体制を作ることが出来なかった。
特に中村は明らかにコンディションが悪く、ボールに絡むことさえ稀という状況だった。

WBCで、日本は奇跡的な優勝を勝ち取った。ここでイチローが果たした役割は大きいと思う。

イチローは自分の技術を極限まで磨く職人で、孤高の人というイメージが強い。「侍」という言葉がもっともフィットする選手だ。サッカーで言えば、中田英寿選手がそうだろう。

イチローは、他の有力選手が態度を保留する中で、いち早くWBCへの参戦を明らかにし、行き過ぎた面もあったけれども、日本を世界一にするんだという思いを言葉や態度で示した。自他共に認める日本最高の選手がそうした言動をすることによって、日本は負けられない状況が生まれ、チームとしてまとまりが生まれた。

世界における日本の野球のレベルとサッカーのレベルは違いがあるから、一概には言えないかもしれないけれど、最高の技術を持った選手が積極的にチーム作りに関与するかしないかによって、チームは大きく変わる。

中田選手はどうか。

ブラジル戦を見ていて、彼の思いは充分に伝わってきた。彼は人一倍走り、人一倍ボールに絡んだ。しかし、彼は試合前も試合後もやはり孤高の人だった。チームを揶揄するような発言もあった。日本最高のプレイヤーとしてそれは無責任だと私は思う。

次の大会。中田英寿は30を超えている。サッカー選手としてはピークアウトしている。新しい才能が現れているかもしれない。しかし、私は次の大会も中田英寿に期待をしたい。日本のサッカーがもうひとつ上のレベルにいけるかいけないかは、彼の意識改革にかかっている。そんな気がするのだ。監督が誰になろうとも。

どこかイチローと中田英寿の対談を企画してくれないかなぁ。

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2006年3月25日 (土)

WBCに思うこと

秋以降に日韓再戦を希望 韓国野球委
【ソウル22日共同】
 韓国野球委員会(KBO)の辛相佑総裁は22日の平和放送のラジオ番組で、プロ野球シーズン終了後の10月以降に日本で再度、日韓戦を行いたいとの考えを示した。
 辛総裁はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本が優勝したことについて「実質的には2対1(2勝1敗)で韓国に負けたと、日本もよく分かっている」とした。また、開催時期の気候的な問題から「(韓国には)ドーム球場がないために(再戦は)日本の意思が重要」と述べた。 
(2006年3月22日(水) 12時17分 共同通信)

 WBCは思った以上の盛り上がりだった。
 日本が優勝したのは、もちろんうれしかったけど、残念なこともあった。

 ひとつは、選手を出し渋る球団があったり、出場を辞退する選手がいたりして、ベストのチーム編成ができなかったこと。いろいろと事情はあるのだろうけれど、ヤンキースの松井選手やマリナーズの城島選手、タイガースファンの私としては、今岡選手にも出場して欲しかった。左のリリーフが一人しかいなかったから、昨年のセーブ王、ドラゴンズの岩瀬選手も出て欲しかった。

 日本代表チームに、日本の球団から招集された選手は、千葉ロッテ8、福岡ソフトバンク5、東京ヤクルト、横浜3、阪神、西武、中日2、読売、北海道日本ハム、広島1、楽天、オリックス0になっている。各チームから均等に招集する必要もないけれど、やはり、偏っているのではないかと思う。

 もうひとつは、運営の問題。サッカーのワールドカップといういいお手本があるのだから、まねをすればいいと思う。予選はホーム&アウエイ方式で戦った方が公平だと思うし、問題が指摘された審判も各国から出す方向に進んで欲しい。各国で行われている興行との絡みもあって、日程については難しいとは思うけれど、もう少し試合数を増やす方向で考えて欲しい。

 最後にナショナリズムの問題。国際大会に国の名誉をかけて出場するわけだから、負けられないという気持ちが強くなるのは分かるけれども、行き過ぎると醜いことになる。
 イチロー選手は敬愛しているけれど、挑発とも取れる発言があったのは、残念に思う。この大会への意気込み、勝利への執着は立派だと思うけれど、「向こう30年間は~」発言は、同じ野球を愛する他の国の競技者への敬意を欠いている。韓国の反発がこの発言をきっかけにしているように思えるだけに、なおのこと残念だ。

 しかし、韓国の反応も行き過ぎた面がある。必要以上に勝ち誇るような態度は、スポーツマンのものとは思えない。日本の優勝に納得がいかない気持ちは分からないこともないけれど、「実質的に日本は負けていた」というような発言は、酒場の与太話ならまだしも、責任ある立場の人が公式にするものではない。こうした流れの中での日韓戦は、スポーツの精神を捻じ曲げるもので、決して行うべきではないと思う。

 WBCでの日本チームの活躍によって、野球に関心を持つ人が増えたと思う。野球を始める子供たちも増えていくと思う。野球ファンとしては、うれしい限りだ。子供たちには野球を通じて、フェアプレーの精神を学んで欲しい。勝つことはとても重要だけど、勝つためには何をしてもいいというわけではない。人を勝ち組、負け組に分け、負けた者を蔑むような社会になりつつある中で、スポーツはもっと重要なことを大切にするものであって欲しいと願うのだ。

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2006年3月 9日 (木)

スポーツとテレビ

<ボクシング>亀田興毅が六回KO勝ち、10戦10勝
 世界ボクシング協会(WBA)フライ級4位、世界ボクシング評議会(WBC)同級8位の亀田興毅(19)=協栄=が8日、東京・両国国技館でWBC同級13位、カルロス・ボウチャン(25)=メキシコ=と同級10回戦を行い、六回2分20秒KO勝ちを収めた。亀田は03年12月のプロデビュー以来、10戦10勝(10KO)となった。(毎日新聞)

テレビ中継を見た。
ボクシングを観るのは好きだ。

亀田興毅選手を見ていると「浪速のジョー」と呼ばれた辰吉丈一郎選手を思い出すのは私だけではないだろう。
辰吉選手はデビュー8戦目、21歳のときにWBC世界バンタム級のチャンピオンになった。
共通するのは、若さとハードパンチ。「浪速の」というフレーズが一層イメージをダブらせる。

もうひとつ、彼らに共通するのが、人を食ったような言動だ。
彼らはそうすることによって、自分を追い込み、自分を叱咤しているのだろうと想像できるが、私はこうした彼らの言動を聞くにつけ、見るにつけ、とても厭な気持ちになる。

特に今日は、とても見るに耐えなくなって、テレビのスイッチを切った。
亀田選手が悪いのではない。テレビ局(TBS)が悪いのだ。

試合後、勝者は喜びを全身で表現する。勝つためにやってきたのだから、それは当たり前だ。観客はそんな勝者の姿に祝福を送る。そして、それから、勝者は打ちひしがれた敗者に歩み寄り、健闘を称える。美しい光景だ。
亀田選手も対戦相手と健闘を称えあっていた。全身全霊でぶつかりあった者たちにしか分からない感情のやりとりがあったのだろう。亀田選手は、決して敗者を見下すために歩み寄ったのではない。
その後、血相を変えた亀田選手の親父さんが両者を引き離した。どういうことがあったのか分からないが、無粋なことをすると思った。勝利者インタビュー。相変わらず人を食った強がり。演じているのだから、これはよしとしよう。問題はその後だ。
アナウンサーは勝利者インタビューが終わると、マイクを亀田選手に手渡し、マイクパフォーマンスをするよう促した。これはテレビの演出だ。事前に打ち合わせがあったにしても、亀田選手が望んでやったことではない。

TBSは前夜、次男の亀田大毅選手を中心としたドキュメンタリーを放送していた。話題性、スター性のある亀田三兄弟で商売がしたいのだろう。そういう内容だった。大毅選手もデビュー戦を1ラウンド23秒で勝った後、リングでハウンドドックを歌っていた。

彼らはテレビにとって、競技者ではなく、猿回しの猿でしかない。

ここまで書いてきて、思い出したことがある。不愉快極まりない記憶だ。

長野オリンピックのときだった。ラージヒル団体で金メダルを獲った岡部孝信、斉藤浩哉、原田雅彦、船木和喜の表彰式の中継の後、画面は長野のスタジオに切り替わった。スタジオセットはお茶の間風になっていて、こたつがあり、こたつの上にはみかんがあった。上手にスポーツライターの故佐瀬稔さんがいて、センターに研ナオコさんがいた。下手には、忘れてしまったけど、若手の芸人さんがいたような気がする。
佐瀬さんは尊敬するライターだ。バルセロナオリンピックの棒高跳びセルゲイ・ブブカに関するレポートには瞠目した。
お茶の間風セットが気にならないではなかったけれど、佐瀬さんのお話を楽しみにテレビの前で座り直した。ところが、ここでMC役の研ナオコさんは、佐瀬さんの話を遮り、茶化し、若手芸人とお祭り騒ぎをはじめた。挙句の果てに、原田選手のことも笑いのネタにし、見るに耐えなかった。佐瀬さんは不機嫌そうに黙ってしまって、テレビのこちら側にいる方がドキドキした。

こんな例は枚挙に暇がない。陸上やバレーやサッカーをマニアというレベルのタレントたちがただ客寄せのためにキャスター役を務める。

テレビは何を伝えたいのだろう。

話をボクシングに戻そう。

辰吉丈一郎は、デビュー8戦目でチャンピオンになったその年の暮れ、左眼網膜裂孔が判明して、長期休養に入った。そして、一年後の防衛戦でビクトル・ラバナス選手(メキシコ)にKOで破れ、王座を失う。負けたのは弟で、自分ではないなどと強がっていたけれど、辰吉選手にとって初めての敗戦だった。
その後、ラバナス選手から王座を奪い返すものの、左眼網膜剥離が判明し、引退の危機を迎える。
チャンピオンになるまでは、順風満帆だったけれど、その後の辰吉選手はなかなか世界戦で勝てなかった。
挑戦者として挑んだシリモンコン・ナコントンパークビュー(タイ)戦は圧倒的不利が伝えられる中、感動的に王座返り咲きを果たしたけれども、ウィラポン・ナコンルアンプロモーション(タイ)に2度もKOされ、神話は完全に終わった。
辰吉選手は、2003年9月にフリオ・セサール・アビラ(メキシコ)をTKOで下したのを最後に、私たちの前にその雄姿を見せていない。

辰吉選手はそのイメージと裏腹に優しく、シャイな男だという。
そんな彼に今の亀田選手をどう思うか聞いてみたい気がする。
やはり演じるのだろうとは思うけど。

最後に。
今日の中継の「演出」は下劣だった。
とてもスポーツを愛するものが作った番組とは思えない。
惻隠の情が欠けている点で、実にコイズミ的だと思う。

この中継(あるいは亀田プロジェクト)のプロデューサーは誰なのか、ディレクターは誰なのか、調べてみたけど分からなかった。

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2006年3月 7日 (火)

政治とスポーツ

Photo_1 <文科相>スルツカヤ選手におわび 「転倒喜んだ」発言で
2006年3月6日(月) 20時30分 毎日新聞 

 トリノ五輪フィギュアスケートの金メダリスト、荒川静香選手が2月28日、文部科学省を訪問した際、小坂憲次文部科学相がライバルのロシア選手の転倒を喜ぶ発言をしたことに対し、一部テレビ番組で知った視聴者から同省にメールなどで数十件の苦情が寄せられた。小坂文科相は6日、おわびの談話を発表した。
 小坂文科相は荒川選手と懇談した際、転倒して銅メダルだったロシアのイリーナ・スルツカヤ選手について「人の不幸を喜んじゃいけないけど、こけた時は喜びましたね」と発言。一部テレビ番組でこの場面が放映された。小坂文科相は6日の談話で「金メダル獲得が大変うれしいとはいえ、一部配慮に欠けた発言をしたことについては深く反省しており、荒川選手及びスルツカヤ選手に対しておわびを申し上げます」と述べた。【長尾真輔】

スルツカヤ選手の転倒を喜んだこと自体は驚かない。そういう発言をしている人をテレビでもたくさん見た。多少ズルをしたって、うまくやって、結果を出した奴(金を儲けた奴)が偉いんだ、いわゆる「勝ち組」なんだという世の中だから、そう思う人はたくさんいるだろう。

吃驚するのは、荒川選手の前でそういう発言をするということ、そしてそれが文科省のトップだということ、言い訳が言い訳になっていないことだ。

荒川選手をはじめアスリートはすべて頂点(金メダル)を目指して戦っている。しかし、アスリートはライバルの失敗を期待したりしない。それは、自分自身もライバルもそのために犠牲にしているものの大きさを知っているからだ。

栄誉は他人の失敗によって得られるものではない。自分自身の努力と才能によって勝ち取るものだ。

荒川選手の演技を私は出張先のホテルで観た。荒川選手がショートプログラムを終わって、いい位置につけているのは知っていた。しかし、それまで荒川選手の演技にそれほど感動を覚えたことはなかった。注目もしていなかった。成績の良かった浅田選手がなぜオリンピックに行けなかったのかと憤っていた。したたかに酔って宿に戻り、目覚まし時計を女子フィギュアの時間にセットしたのは気まぐれに過ぎない。

早朝、生中継のテレビで観た彼女の演技は美しかった。神懸っていたと言っても良い、奇跡だと言っても良いと思った。息を呑んで、興奮した。

フィギュアスケートはスピードスケートのようにタイムを競うものではない。技術や芸術性を競うものだ。人がそれを評価するという曖昧さがある。採点方式が度々変更されることによって、アスリートたちはそれに翻弄された。荒川選手も採点方式と自分の目指す演技との間で揺れ動いたことだろう。しかし、彼女は大舞台で得点にならないイナ・バウワーを入れた。それはやはり、彼女が彼女の世界を表現したかったからに他ならないと思う。そして、それは大きな成果につながった。

荒川選手の前でスルツカヤ選手の転倒を喜ぶのは、アスリートに対する侮辱であり、「金メダル獲得が大変うれしいとはいえ」という言い訳は、彼女の演技にケチをつけることに他ならない。

分かりやすい結果にしか価値を見出せない今の世相の発現とは言え、わが国の文化・芸術を司る文科省トップがこれほどに想像力、感受性に欠けているという現実に私は驚愕し、落胆する。

で、思い出すのは、リレハンメルオリンピック(1994年)のカタリナ・ビット選手の演技だ。

彼女は、東ドイツの選手として、サラエボ(1984年)、カルガリー(1988年)大会で2連覇し、その後、プロスケーターになっていた。リレハンメルの94年は、ユーゴスラビアの内戦が続いている中での開催だった。ビット選手は、リレハンメルに出場するために、プロスケーターを引退し、安定した立場を擲って、オリンピックに戻ってきた。

プロスケーターと競技スケーターは求められるものが違う。年齢的にも彼女のチャレンジは、(金メダルを目指しているのなら)無謀だと言えた。プロスケーターとして評価を固めていた彼女は、オリンピックの舞台でPPMの反戦歌「花はどこにいった」で演技し、結果7位だった。私はこのときも息を呑んだ。彼女がかつて金メダルをとったサラエボへの思いが伝わってきたからだ。

ベルリン、モスクワの例を見るまでもなく、スポーツが政治に左右されることは、残念ながら避けることが出来ない。だから、なおのこと、政治は想像力と感受性を大切にしていただきたいと思うのだ。

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