10歳になる娘がミニバスを始めて、もう2ヶ月近くになる。
娘の所属するチームは指導者がとても熱心にやってくれていて、土曜日にも練習がある。
熱心に指導してくれるコーチには頭が下がる思いだけれども、「娘のいない休日」に戸惑っているパパとしては、正直、休日まで練習することはないんじゃないかなどと思ったりしているところなのだけれども、5月3日、4日に大会があるという。
ゴールデンウィークも部活漬けなのか・・・。寂しい気持ちになった。
娘がまだよちよち歩きのころから、ゴールデンウィークは、ママの妹が住む千葉に行くのが恒例になっていた。従兄弟と一緒に遊園地に行ったり、動物園に行ったり、お買い物に行ったり、おいしいものを食べたり・・・、娘も従兄弟もとても楽しみにしていた時間だった。
大会に出場するのは、5年生、6年生が中心で、はじめたばかりの娘に出番はないはずだ。パパは密かに大会を休んで千葉に出かけてもいいのかなと思っていた。
ところが、娘は一度も大会を休むと言い出さなかった。千葉に行けないことを残念がるフシもなかった。大会当日、ママに弁当を作ってもらって、自分で水筒にお茶を詰めて、当たり前のように出かけていった。
「行ってきまーす」
小さな身体に不釣合いな大きなバッグをぶら下げて出かけていく娘を、パパは寝起きのボサボサ頭のままで外へ出て見送った。
「もう自分の決めた道を歩き始めているんだねぇ」
一緒に見送りに出たばあちゃんが娘の後姿を見ながら、頼もしそうに、少し寂しそうにつぶやいた。
娘の通う小学校は、自宅の並びで、校門もミニバスの練習をやっている体育館の入り口も見通せるほどの距離にある。
ちょっと前にやっぱり同じように見送りに出たとき、娘は振り返り振り返りして、見送っているパパの姿を確認しながら、体育館の入り口まで行った。
そしてそこで大きく手を振って、体育館に入っていった。
娘の、新しい世界に飛び込んでいく不安を感じて、パパはちょっと切ない気持ちになった。
だけど、今日の娘は一度も振り返らずに体育館の入り口まで行き、その付近で会ったチームメイトとハイタッチなどしている。
チームに溶け込めているのだなという安堵感と、娘が遠くへ行ってしまったような寂しさを感じながら、リビングに戻り、読みかけの本を開いたけれども、娘の後姿が妙に頭に残って、なかなか本の世界に入っていけなかった。
出かける前の娘との会話。
「試合は何時からなの?」
「最初の試合は10時半から、次の試合は3時から」
「相手のチームは強いのかな?」
「去年優勝しているチームだから強いと思う」
「勝てるかな?」
「勝てるよ」
娘は出かける準備をする手を休めずに、パパの問いかけに面倒くさそうに答える。
「試合を観に来て欲しい」となかなか言わないので、根負けして、こちらから水を向けた。
「試合を観に行ってもいいかな?」
「別にいいけど・・・」
言葉ではそう言っているけれども、観に来て欲しくないという態度だった。
逡巡した結果、ママと一緒に試合を観に行った。
ユニフォームを着た選手たちとその父兄、大会関係者でごった返す体育館のホールを抜けて、観覧席に上がると娘のチームがコートでアップをしていた。
娘の姿を探していると、背後から声をかけられた。取引先のKさんだった。
「どうしたんですか?こんなところで会うとは思わなかったなぁ」
Kさんとは、仕事上の付き合いと言うよりもむしろ飲み友達で、会うのは主に酒場であり、「こんなところで・・・」という感想はお互い様だ。
「娘がこの春からミニバスをはじめてね」
「次の試合ですか?」
「そうなんだ」
「どこにいるんですか?」
娘を探す。
「あ、あそこにいた。左から2番目・・・」
「何年生?」
「4年生」
「大きいな~。エース候補だね」
4月生まれの娘は、4年生としては大きな部類に入る。
バスケットボールの世界では、1に身長、2にスピード、3に頭と言われているそうだ。大きいことは圧倒的に有利らしい。
Kさんは6年生になる息子がミニバスをやっていて、口ぶりから察すると相当入れ込んでいる様子だ。
本人も学生時代からバスケットボールをやっていて、今も現役だと胸を張った。
酒場では見せたことのない顔だった。
小学生のバスケットボールは、想像していたよりもレベルが高かった。
け
れども、上手い子とそれほどでもない子の力の差は歴然としていて、力のない子はフリーになってもパスをもらえない。力のある子は無理を承知でドリブルで切
り込んでいく。コートにいるのは5人だけれども、実際は2~3人で試合をしているような感じだ。力がない子はないなりにゲームに参加できるような組み立て
はできないものなのかと思った。
試合中、娘はずっとベンチにいたけれども、試合に出ることはなかった。
インターバルになると、先輩に飲料を渡したり、タオルで風を送ったりしている。
人は自我の塊として生まれてくる。
気に入らなければ、泣き喚き、自分の要求を満足させようとする。
けれども、成長するに従って、周りのことにも気を配るようになる。
他人のために、チームのために、何とか役に立とうとしている娘の姿をパパは感慨を持って見ていた。
娘のチームは惜敗した。
学生時代、バスケットボール部のキャプテンをやっていたママは、「勝てる試合を落とした」と悔しがった。
試合が終わって、引き上げてきた娘と観覧席の階段のところですれ違った。
娘はパパの姿を認めて、お愛想で合図をしたけれども、それ以上は、迷惑だといわんばかりの態度だった。
娘のチームは、その後の試合で勝って、結果的には3位だったらしい。
賞状を持って、帰ってきた娘は、「優勝できたのに残念だ」と悔しさをにじませた。
パパは娘のために、風呂を用意しておいた。娘と風呂の中で試合の話をした。
「上手くなりたかったら、人よりも練習するしかないんだ」というようなパパの話を娘は神妙な面持ちで聞いている。
風呂から上がって、しばらくテレビを観ていたけれども、疲れていたのだろう、いつもより早くベッドに入ると言い出した。
娘はもう4年生になるけれど、まだ一人で寝ることができない。眠くなるとパパかママを指名して、ベッドルームへ行く。
パパはベッドで本を読んでやるので、人気が高い。娘は落語をねだった。
NHKの朝のテレビ小説「ちりとてちん」で有名になった「愛宕山」を読んでやる。
「野辺へ出てまいりますと、春先のことで・・・」
テレビでも繰り返し使われたフレーズのところにくると、それを暗記している娘は、パパの声に自分の声を重ねる。
「やかましゅう言って参ります。その道中の陽気なこと・・・」
パパは、気の合った仲間たちと一緒に、にぎやかに、楽しく生きて行きたいと願った。
娘はこの先、自分の生き方をどのようにして決め、何を願うのだろう。
パパが娘の人生に深く介入する時期はもう過ぎているようだから、見守るしかない。
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