2009年5月11日 (月)

パパの出来ること

最近、娘の頭を撫でようとすると、「やめて」とちょっとキツイ口調で言われるようになった。そう言われても、パパの楽しみのひとつだから、「ハイ、そうですか」と引き下がるわけにいかない。

パパが帰ってくると、娘は待ちかねたように「(トランプゲームの)スピードをしよう」と誘う。ついこの間まで娘はパパにまったく歯が立たなかった。ところがやがて勝ったり負けたりになって、最近は、パパが負けることが多くなった。

実力が拮抗している相手との勝負は楽しい。それがついこの間まで歯が立たなかった相手だから、なおさら楽しいのだろう。

パパは条件を出す。
「いいよ。但し、1回だけ。パパが勝っても負けても頭を撫で撫でさせてもらう。いいか?」
娘は少し考える。
「うーん・・・。いいよ。やろう」

娘がミニバスをやりたいと言ってきたのは、昨年の3月。4月から4年生になるというときだった。
仲のいい友だちに誘われたからだという。
ミニバスの練習は、火曜日、水曜日、金曜日の授業が終わってから、19時ころまで。土曜日は午後から17時ころまで。
月曜日、木曜日、日曜日は基本的にお休みだけれども、月曜日はスイミング、木曜日は英語の教室に通っているから、休みは日曜日だけになる。
その日曜日も、ミニバスの試合、練習試合、遠征でつぶれていく。
熱心に指導してくれるコーチ、サポートしてくれるマネージャー、父兄の方々には頭が下がるけれども、少し寂しい思いがする。

娘はミニバスの練習や試合にパパが来ることをあまり歓迎しない。
「どうしてだろう」
酒の席でそんな話をした。
「女の子って、自分の成長が誇らしいようで、気恥ずかしいようなところがあるのよ。特に男親に対してはね」
同年輩のチーママが言うと、20年来の友人はカッカッカッと笑って、「そんな難しいことじゃない」と言う。
「お前のことだから、試合を観た後、娘さんに精神論をぶつだろう。それがわずらわしいんだ。それだけだよ」
そういえば・・・。
「たくさん練習をした奴が勝つ」とか、「ボールに対して、もっとアグレッシブにならなけりゃダメだ」とか、「もっと自分で決めるという意識を持て」、「積極的に切り込んでこそ道は拓ける」とか言ったなぁ。

ママは高校時代バスケットボールをやっていた。
パパは県大会で優勝するようなレベルの仲間たちと3on3で遊んでいたけれど、ルールもポジションも、戦略・戦術も良く知らない。
娘はママの話はよく聞く。
二人の会話には専門用語が混じるから、パパには何を言っているのか分からなくなる。
言葉も通じない奴につべこべ言われたくないのだろう。
そう得心して、娘に提案してみた。
「(試合について)何も言わないから、パパも試合を観に行ってもいいかなぁ」
・・・娘は聞こえないフリをした。
チーママの言っていることの方が正しいのだろうか・・・。

今日も帰ってくると「スピードをしよう」と誘われた。
「夕はんを食べてから、1回だけだぞ」などと勿体つけたりする。
今日はパパの完敗だった。

娘のために、パパがしてあげられることがどんどん少なくなる。
成長しているということなのだけれども、少し寂しい思いがしている。

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2009年2月13日 (金)

ミニバス試合観戦

娘は3年生だった昨年の3月からミニバスをはじめた。
指導者が熱心にやってくれるので、土曜日も日曜日も朝から晩まで練習をすることが多い。
それまでは、休みになると買い物に行ったり、旨いものを食べに行ったりしていたから、我が家の生活は一変した。

パパも昔は体育会系の部活をやっていて、小学校のころは野球部のキャプテンをやっていたけれども、飽きっぽくって、怠け者だったから、何かと理由をつけては練習をサボって、遊びに出かけていた。

「どうしてミニバスをはじめようと思ったの?」
娘に聞いてみた。
「友だちに誘われたから」
「楽しいの?」
「楽しいよ」
娘の表情は少し複雑だった。

子供は自分の欲望に素直だから、こんな複雑な表情はしない。
「快」、「不快」がはっきりしている。
成長したのだなと思った。

成長することによって、引き受けなければならない辛さがある。楽しみも大きくなるけれども。
そういう年頃になってしまったということが、パパとしては少し寂しい。付き合い方を変えていかなければならないからだ。

最上級生が引退して、4年生の娘にも出番が回ってくるようになった。
ミニバスは登録メンバーは必ず1Qは出場しなければならないというルールがあって、チームはそれほど選手層が厚くない。選手としての責任は重くなる。

娘が出場する試合を観に行った。
以前、パパが試合を観に行くことを歓迎しないようなことを娘が言ったことがあったので、しばらくは遠慮していたのだけれども、試合に出ていると聞くと我慢ができなくなった。

娘の背番号は11番。
番号から見ると、3番目の補欠選手だ。

コートにいる娘はヒョロっとして頼りなさそうに見える。
家にいると「チビ」だけど、同学年の選手の中では一番背が高い。
それだけで、娘には娘の世界があり、どんどん手の届かないところへ行こうとしていることを感じてしまう。

娘の動きはもっと頼りない。自分がどう動けばいいのか分からなくなるようで、ポツンとしていることがある。
それでもたまには空いているスペースを見つけて駆け込んだりするから、親馬鹿かもしれないが、センスは悪くないのではないかと思う。
サッカーを研究して、観戦眼を磨いたばあちゃんは、「頭でプレーしている。身体が自然に動くようにならなければダメだ」と評した。
パパはボールに対する意欲が足りないように思えた。

コートの中の娘にどのような役割が与えられているのか知らない。
けれども、どうやら役割を果たせていないらしい。
コーチから名指しで叱責が飛ぶ。
体育会系の厳しさは分かっているつもりだけれども、身が縮む思いがする。

パパが通っていた中学はバスケットボールが強くて、仲間にはバスケットボールで大学、社会人まで進んだ奴もいる。
ミニバスのコーチも経験した仲間と酒を飲んだときに、聞いたことがある。
「年端も行かない子供たちに、あそこまでキツイ言葉を浴びせる必要があるのか。子供たちを萎縮させるだけではないのか」
「強くしたいと思うとそうなるんだよ」
答えになっていないような気もしたが、妙に納得した。

試合には勝ったけれども、コーチにこっぴどく叱られた娘は、しょんぼりした様子で帰ってきた。

「楽しかったか」
いつものようにパパは訊いた。
「うん」
少し無理をして娘は笑ってみせた。
「そうか・・・楽しくやるのが一番だ。・・・ところで、もっと巧くなりたいか、勝ちたいか」
「巧くならなければ、勝てない」
絞り出すように娘は言った。

それでも・・・やっぱり楽しめるようにならなければ・・・。悲壮な決意だけじゃダメなんだ。
パパはそう思ったけれども、その言葉は飲み込んで、娘の頭を撫でた。

新人戦ははじまったばかりだ。

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2008年10月27日 (月)

パパと娘の休日

この春にミニバスをはじめて以来、娘の休日はほとんど試合、遠征で埋められてきた。
パパは根っからの怠け者なので、そうした毎日には耐えられない。
パパの尺度で考えると、辛いけれど我慢しているのではないかと思っていた。
「(ミニバスは)楽しいか?」と訊くと、笑顔で「楽しい!」と答える。
表情やしぐさから察するに、その言葉に嘘はないようだ。

何が彼女のモチベーションになっているのだろう。

この日曜日、娘は久しぶりの完全OFFだった。
残念ながら、ママは所用で不在。
数日前から、パパと二人きりの休日をどう過ごすか・・・娘よりもパパの方が楽しみにしていた。

早くに起こされ、まずは9時開店の手芸店に行く。
シリコンでできた豆粒ほどのスイーツの模型を大量に購入。缶ペンケースにそれを貼り付けるのだという。
パパにはそれのどこが面白のか分からないが、1個200~300円する模型を楽しそうに選んでいる。
本当はママと相談しながら、選びたかったらしいけれども、ママは不在。
パパはときどき口を挟んでみるけれど、娘は曖昧な表情をするだけで、参考にする気配はない。
2,000円くらいするのかなと思いつつレジへ行くと、5,000円!
自分のおこづかいで買うのだと言っていたけれど、少し足りなくって、残りをパパが出す。
こんなものに5,000円!・・・というのがパパの素直な感想。夕食の後、ママと一緒に貼り付けをするのだと嬉しそうに話す娘とパパとの間に想像以上のギャップがあるのだということを感じる。このギャップは、ママと娘との間にはないのだと思うと、嫉妬心のような気持ちが湧き上がってくる。娘は成長するに従って、パパから離れていく。分かっているけれども分かりたくない寂しい現実が徐々に明らかになっていく。

手芸店からプールに行く。
バタフライを覚えたから見てくれと言う。
娘がスイミングに通いはじめて、もう2年くらいになるだろうか。
バタフライは難しい泳法だ。体力も使う。
ドルフィンキックでできた勢いと身体のしなりで上半身を起こし、息継ぎをする。お尻を持ち上げるようにして、上半身を水の中に潜り込ませ、次のドルフィンキックにつなげる。このタイミングが難しい。勢いが出ないと溺れているようにしか見えない。
娘は25mを泳ぎ切って、ちょっと得意そうな顔をした。
ちょっと前は、パパが泳ぎを教えていて、10mを泳ぐのがやっとだった。
背筋を伸ばすこと、腕を伸ばすこと、そうすれば、人間の身体は自然に浮く。そう教えたけれど、彼女の泳ぎはもがき苦しみ、泳いでいるのか溺れているのか分からないような泳ぎだった。

「100m泳いでみよう。最初はクロールで50m、次の50mは平泳ぎ、まだ泳げそうだったら背泳ぎとバタフライをやろう」
そう言って泳ぎはじめた。
パパは100m泳いだところでいっぱいいっぱい。遊泳コースに外れて、歩きはじめた。
遅れてきた娘もやめると思っていたら、ターンをして泳ぎつづける。パパは歩く。
結局、娘は300m泳いだ。パパは200m歩いた。

少し休んでから、競争した。
結果。クロールは娘の勝利。平泳ぎはパパの勝利。背泳ぎとバタフライは引き分け。
たぶん、何もしなければ、もう数ヶ月でパパは全面的に娘に敵わなくなるだろう。
パパに勝った!と娘に喜んでもらうためには、パパはこっそりトレーニングしなければならないかもしれない。

疲れきって、予定より少し早くプールを後にした。
昼食は、ビュッフェスタイルのレストラン。
パパはこのところ特に食が細くなっていて、娘の旺盛な食欲を目を細めてみている。
パパがギブアップしてからも、娘は食べ続け、デザートもパパがアイスクリームを少し舐めただけなのに、山盛りのアイスクリームを難なく平らげ、さらにプチケーキとぜんざいをいくつか腹に収めた。
大人1,300円、小学生950円という価格設定をレストランは見直すべきだと思う。

パパのご飯茶碗が割れてしまっていて、娘のものもひびが入っていたので、作家さんの陶器が買える雑貨屋さんに行く。
ひびが入っても使い続けている娘がお気に入りの茶碗はここで買ったもの。
店に入ってすぐにお気に召すものをみつけたようだ。
お店の人にもう少し大きいものの方がいいのではないかと、いくつか別のものを勧められて、少し気持ちがうごいたようだけれども、娘は結局第一印象を大事にした。以前から使っている茶碗と同じ作家さんのものだった。

デパートを冷やかしてから帰途に着いた。
筋肉痛で顔を歪ませながらパパが運転する車の後部座席で、娘は眠そうにぼんやりと外を見ていた。

この日の菊花賞。絶対的な本命のいない波乱含みのレースで、私はあまり迷わず春のレースで実績を残しているけれども人気薄の2頭を買った。
上がり馬の1番人気と意外な一頭で決まった。

当たり前のことだけれども、競馬は分からない。乗っているのは他人だし、走っているのは畜生だ。
まして、この先の人生が予想できるわけもない。

けれども確かなこともある。

娘に教えてやれることもだんだん少なくなるなと思いつつ、パパは今夜もビールを飲んでいる。

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2008年8月20日 (水)

娘の成長~ミニバスの練習試合

娘がミニバスをはじめて、我が家の生活は大きく変わった。
もう5ヶ月になる。

娘がどうしているか気になって仕方がないので、練習を何度かこっそりのぞきに行ったことがある。
娘は違う世界にいる自分を、パパに見られるのを歓迎していない・・・ような気がしたからだ。

お盆休みに練習試合があるというので、観に行ってきた。

2日間連続で8チームが参加する規模の大きな練習試合で、ママは初日の朝からずっとアテンドしていたけれども、パパは用事があって、初日は観に行けなかった。
実は、2日目も最初は観に行くつもりはなかった。やらなければならないことがたくさんあったし、ママと楽しそうに打ち合わせをしているくせに、パパには詳しい日程さえ教えてくれなかったことにへそを曲げていたのだ。
気持ちが変わったのは、初日の練習試合に娘が出場したという話を聞いたからだ。
観たいという気持ちが抑えられなくなった。
それでもグズグズしていると、義妹が一緒に行こうと背中を押してくれた。
義妹と甥っ子2人を連れて会場に向かった。

会場に着くと、午前中の1試合目はすでに終わり、昼休みにあわせて行われる普段出場機会のない下級生たちのエキジビションマッチも半分終わっていた。
ママの情報によれば、1試合目に出場機会はなかったものの、エキジビションマッチには出場したとのことだった。

エキジビションが終わり、次の試合の選手たちがコートに出て練習を始める。
娘も出てきた。少し足を引きずるような仕草をしている。
義妹から「足のマメを潰したらしい」との情報が入る。
甥っ子が娘の名を呼んで声援を送ると、娘は少し戸惑ったような顔をした。

午後からの第1試合に娘は出場しなかった。
次の試合は約90分後。
甥っ子たちがむずがりはじめたので、義妹は帰っていった。
仕事のことが少し気になったけれども、残ることにした。

観覧席に移り、他のチームの試合を観戦する。
娘よりも小さな女の子もいる。彼女らは休むことなくコートを縦横無尽に駆け回る。すごい運動量だ。

高校時代にバスケットをやっていたママには敵わないかもしれないけれど、パパはバスケットボールの試合を観る目が肥えているつもりだ。
パパが通っていた中学はバスケットボールの強豪校で、よく応援に行っていたし、選手の多くは仲間で、一緒にバスケットボールをして遊んでいた。
彼らが高校、大学と進学しても付き合いは続いていて、相当数の試合の応援に行っていた。

娘は第3試合の第2クォーターに出てきた。

守りのときは、直線的にボールに向かいすぎる。仕方がないけれども、流れではなく、ボールを見ているようだ。
もっと広い視野を持つことができれば、誰かがプレッシャーをかければ、ボールがどこに出るか予測がつくはずだ。
攻めのときは、コーチにそう指示されているのだろう、一目散にエンドラインの隅に行って、「見学」している。

それでも何度か娘にボールが渡るときがあり、そのたびにパパはドキドキした。

ミニバスをはじめたころ、こっそり観に行った練習では、ちんたらしているように見えた娘の動きは、見違えるように機敏になっていた。
パパは歩きはじめたころの娘を思い出し、寂しいような、頼もしいような複雑な気持ちになっていた。

家に戻ってきた娘は「疲れた」を連発し、すぐにベッドルームに行った。
娘はまだ一人で寝ることができない甘えん坊なので、アテンド役にはパパが指名された。

「足は大丈夫か?マメが潰れたらしいな。痛いか?」
「痛い」
「痛いという素振りを見せるとコーチに使ってもらえないぞ。試合に出たかったら、痛くてもそんな素振りを見せたらダメだ」
「分かってるよ」
「攻撃のときに、すぐにエンドラインにつくのは、コーチの指示なのか?」
「オフェンスのときはそこにいろと言われているんだ」
「180度からシュートを決める練習をしろ」
「誰もパスをくれないよ」
「決められるようになれば、パスが来るようになる」

バスケットボール選手としては身長の足りなかったパパの同級生は、まさに180度からのシュートの精度を上げることによって、レギュラーの座をつかみ、大学までバスケットボールを続けた。

「そうかなぁ」
「あとな、試合を点で見てはダメだ。ボールの動きではなくて、選手の動きを見るんだ。そうすれば、どこに動けばいいか、何をしたらいいかが分かる」

パパはいつも偉そうな評論家だ。
娘はそれにうんざりしはじめていて、受け答えが上の空になっている。

「それから・・・」
パパが興奮気味に話しかけているのに、プツンと反応がなくなる。
娘は小さな寝息を立てている。疲れたのだろう。

娘の寝顔はまだ幼く、成長したとはいえ、まだ身体は小さい。
指なめの癖もまだ直らない。

まだまだ、パパの腕の中にいるなと思いながら、娘の寝顔をしばらく観察する。
けれども、こうしていられるのも、もうそんなに長くはないのだと感じる。

そっと、ベッドを抜け出して、パパはビールを飲むことにした。

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2008年8月11日 (月)

娘との対話~ヒロシマを伝える。

原爆の悲惨さを知ったのは、「はだしのゲン」という漫画だった。
細かいことは憶えていない。小学生だった私には刺激が強すぎて、まともに読めなかったのだ。
倒 れた建物の下敷きになって、生きたまま焼かれるゲンの両親。熱線に焼かれて、皮膚がめくれてしまった人たち。水が飲みたくて、川に殺到し、そのまま溺れ死 んでしまう人たち。とてもこの世のものとは思えなかった。戦争の悲惨さとか、原爆という兵器の残虐さとかそういうものを感じる前に、自分が拠って立つ場所 が危うくなるような不安感を感じて気持ちが悪くなった。

8月6日に広島にいたことがある。わざわざその日を選んだわけではないけれど、福山市鞆の浦にロケに行っていたのだ。
広島という土地に足を踏み入れるのは、正直少し怖いような気がしたけれども、ロケの合間を縫って、広島平和記念公園の周辺を歩き、記念資料館を見学した。
資料館で見た子供のワンピース、女学生の服が今も忘れられない。
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/
焼け焦げて、ボロボロになったそれを見て、この娘はどんなに辛い思いをしたのだろうかと思ったとき、涙が溢れてきた。
その娘の親の気持ちを思ったとき、弾けるものがあって、とても立っていられなくなった。

広島への原爆投下は避けられなかったのか。
そもそも戦争を始めなければ・・・というのは、もちろんそうなのだけれども、広島、長崎の原爆、各地の空襲、民間人を巻き込んでしまう前に、どうして戦争を止めることが出来なかったのだろう。

8月6日は、仕事がまだずいぶん残っていたけれども、早めに帰宅した。
娘と「ヒロシマ」について話そうと思ったからだ。

ところが・・・。帰宅するなり、娘に「パパ、『ちゃお』買ってきてくれた?」と言われた。
そういえば、この日の朝、娘が楽しみにしている月刊誌と部活に必要なスポーツドリンクを買ってくるように頼まれていた。
近所のコンビニに行って、『ちゃお』とポカリスエットを買った。ついでにパパのビールも。

散らかっている部屋を片付けるように言い、洗い物の手伝いをさせ、シャワーを浴びた。
パジャマに着替えて、ベッドルームに行くと、買ってきたばかりの漫画誌を読みたいというので、少しだけならと許可した。
「もうそろそろ漫画はやめなさい。ところで、今日は何の日か知っているかい」と話をはじめたのだけれども、間もなく寝息が聞こえた。眠ってしまったらしい。

「勝負は勝つためにやるものだ。勝つためにすることは何か。練習することだ」
「人より上手くなりたかったら、人より練習しなければならない」
パパは自分ができなかった勇ましいことを言ったりしているけれども、部活を通じて本当に学んでもらいたいことは、助け合う心だ。

話が横道に逸れたかな。

少し前にフィリピンの貧民街で暮らしている少女のレポートを娘と二人で観た。
少女は朝から晩までゴミの山の中にいて、売り物になるものを探している。
病気の母と弟をそれで養っているのだ。
朝から晩まで働いて、食事にありつけるのは、3日に一度。それも小麦粉を溶かして焼いただけの粗末な食事だ。
娘は泣いていた。

知ることは愛することだ。

今年はヒロシマについて、娘と話すことはできなかった。けれども、いずれ話さなければならない。
パパはそれを義務だと思っている。

ところで・・・。
8月6日8時15分。
民放各局はどんな放送をしていただろう。
私は知らない。
NHKは平和祈念式典の中継をやっていたはずだから、黙祷しただろう。
民放はワイドショーの時間帯だ。
その時間に下品に笑っているコメンテーターはいなかったと思いたい。

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2008年8月 5日 (火)

娘の沖縄旅行~ハブとマングース

義父、義母と沖縄に出かけていた娘が帰ってきた。

ミニバスをはじめた春以来、娘の生活はミニバス中心になっていた。
はじめたばかりのころは、どんなに疲れていても、初めて経験することが嬉しくてたまらないという様子だったけれども、最近「疲れた」とこぼすようになっていた。
身体は鍛えられているというより、やつれていて、どんな練習をしているのだろうかとパパは心配していた。

沖縄から帰ってきた娘の身体は、少しふっくらとして、ひと回り大きくなったように見えた。
安心した。いい気分転換になったのだろう。
自分からやりたいと言ってはじめたことだから、辞めたいと言っても、父親としては、簡単にそれを認めるわけにいかない。
沖縄旅行は、彼女に勇気と元気をくれることになったと思う。

沖縄旅行のパパとママへのお土産は、ハブとマングースの携帯ホルダー。
パパはマングースで、ママはハブ。
娘はすぐに携帯電話に装着することを要求した。
パパは素直に従った。

「ハブとマングースだったら、どっちが強いんだろう?」
「マングースが強い」
「パパの方が強いから、マングースなの?」
「そう」

娘の認識は少し違っているかもしれない。
いつもパパの方が強いと思ったら、大間違いだ。

マングースはハブの天敵だ。
マングースはハブを駆除するために導入された外来動物なのに、ハブを獲らずに、天然記念物の鳥やうさぎを獲った。
鳥やうさぎは元々ハブが天敵だったから、ハブに対する備えは出来ていたけれども、マングースに対する備えは出来ていなかった。
マングースにしてみれば、蛇よりも鳥やうさぎの方が旨いし、簡単に獲れるので、わざわざハブを獲る必要はない。
結局、マングースは、ヒエラルキーのトップにある人間に駆除されることになった。
役に立つと思っていたのに、役に立たないどころか、害の方が大きいのだから当然かもしれない。

そんな話を娘にしたら、娘はそんなことは知っていると言った。
沖縄で聞いてきたのだろう、パパより詳しい話をしてくれた。

だったら、なぜ、パパがマングースなんだろう。
パパは役に立たない外来生物として、いずれ駆除されてしまうのだろうか。

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2008年7月 5日 (土)

娘の悩み。パパの悩み。

検査のため会社を休み、病院へ行った。病院の帰りに少しだけ仕事をして、早々に帰宅した。
前夜から食事制限があり、まともなものを口にできなかったせいか、朝から茄子漬、枝豆、鯵のたたき、ビールが頭を支配していた。
それならばと、カミさんの帰宅を待って、近所の居酒屋に出かけた。

居酒屋という雰囲気がそうさせるのだろうか。娘がこれまではしたことのない話をはじめた。
ミニバスで決められた練習をするのに、技術力が優れた上級生が自分よりも早くその練習を終えるのは当然だけれども、技術力が同等かむしろ劣っているA子ちゃんやB子ちゃんが自分よりかなり早く練習を終えるのは、数を誤魔化しているとしか考えられないと言うのだ。

「練習は自分のためにするものだから、他人のことに構うことはないではないか。A子ちゃんやB子ちゃんは上手くなれないよ」とママ。
「自業自得だとは思うけれども・・・」
おや、難しい言葉を知っているなと思いながら、パパは生ビールをごくり。
チームとして、マイナスになるのではないかということを娘は言いたいのかもしれない。

「それだけではなくて、A子ちゃんは、練習に使う道具を隠したりする。数を誤魔化すのは、自業自得かもしれないけれど、練習に使う道具を隠したりすると、みんなの練習の時間が減ってしまう。それは許せない」
「A子ちゃんは、どうしてそんなことをするんだろうね」
「きっと練習をするのがイヤなんだと思う」
「いけないよって言って上げた?」
「そんなことしていないって言うから、どうしようもない。来週会議をするんだ」
会議か・・・とパパは生ビールをごくり。
パパはなかなか発言の機会を与えられない。

自分の子供のころのことを思い出してみる。
パパも4年生から野球をやっていたけれども、そんな経験はなかった。
自分の練習のことで精一杯だったから、他人のことまで考えることはなかった。チームメイトみんながそうだったと思う。
練習道具を隠したりする奴はいなかったし、仮にそんなことをする奴がいたら、「何を愚図愚図しているんだ!」と叱責されただろう。
男の子の世界は、力が支配する世界だから、ある意味単純で平和だ。ガキ大将がその腕力を背景にみんなを統率する。

「コーチとかマネージャーに相談したら?」
「言いつけるようなのはイヤなんだ」
子供には子供の世界がある。ここまでは自分たちだけで解決するという領域があるはずだ。パパもすぐに教師(この場合、教師ではないのだが)に言いつけるような奴は嫌いだ。

「どうでもいいんじゃないでしょうか」
パパが発言する。浮浪雲を気取ったつもりだった。
正面から受け止めていると、硬直してしまうときがある。そんなときは、ちょっと引いてみることも必要だ・・・と言いたかった。
「みんなに相談されているんだよ。どうでもいいなんて言えるわけがない」
もっともだ。ここはママに任せたほうが良さそうだ。

職場でもこの種の問題が起きることがある。
「あほか」と思う。「そんなことはどうでもいい」と思う。
「何のためにここに来ているのか。ここにいる目的は何だ」と切って捨ててきた。
それはもしかすると間違いだったのかもしれない。

娘とママの話は続いている。
「もう少し何か食べないか?」という提案は無視されたままだ。
パパはそれをいいことに3杯目のビールを注文した。
ママが咎めるような目つきでパパを見る。
蚊帳の外に置かれていることに抗議するように煙草も吸った。

娘の抱える問題に対して、パパはこれまで、いつだって解答を用意できた。
けれども娘の抱える問題は、いつのまにか重くなっていて、パパは話を聞いたやったり、一緒に悩むしかできなくなっている。
成長しているんだなという感慨よりも、遠くへ行ってしまうような寂しさがある。

それにしても・・・。
パパは今日、会社を休んで検査を受けた。
幸い大事なく、こうしてビールを飲んでいるけれども、結果如何では、それどころではなかったかもしれない。
なのに、誰も「どうだったの?」と聞いてくれないのは、どういうことなのだろう。

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2008年6月 5日 (木)

娘の運動会

運動会と言えば、秋だと思っていたけれども、娘の通う小学校の運動会はいつもこの時期だ。
聞くところによると、数週間のズレはあるようだけれども、近郊の小学校は概ねこの時期に運動会をやるらしい。
い つから運動会をこの時期にやることになったのだろう。古い世代にとっては、やっぱり東京オリンピックの開会式が行われた10月10日あたりに運動会をする のが、気持ちの上でおさまりがいいけれども、今や体育の日も10月の第2月曜日になったりしているから、そうした感覚はもう過去のものなのかもしれない。

娘 の通う小学校の運動会は、土曜日の予定だったが、雨で日曜日に順延になった。日曜日も雨になると、火曜日に順延される。平日に順延されれば、仕事を持って いるパパもママも観戦に行けない。娘もパパもママもじいちゃんもばあちゃんも何とか晴れてくれと祈るような気持ちだった。娘は3つもてるてる坊主を作り、 なかなか上がらない雨空を恨めしそうに見上げた。
夜半になっても雨は上がる気配がなく、パパは「明日はダメかなぁ」と嘆息した。

運動会の1ヶ月前くらいから、娘がする話は運動会のことが多くなった。
一緒に風呂に入ると、自分の所属する「青組」の応援歌を大きな声で練習する。
「今日、80メートル走で雄太郎に勝ったんだよ」
娘がとても嬉しそうに話した。
「そうか。すごいな」
同じ学校に通う従兄弟の雄太郎は、スポーツ万能である。それは周りの誰もが認めていて、娘もスポーツでは雄太郎に敵わないと思っていた。
「ミニバスをはじめたからだよ」
小学生のころは、ちょっとしたことで身体能力がぐんと上がる。娘はそれが素直に嬉しく、ミニバスが面白くて仕方がない。
「そうかもしれないな」
「運動会では雄太郎と同じ組で走るんだよ」
運動会では事前の記録で組み分けされて、遅いタイムの子から走ることになるらしい。娘は最終組で、学年チャンピオンを決める決勝レースということになる。聞くところによれば、他にもライバルがいて、娘は雄太郎と1、2着できれば最高だと話した。
「でも・・・雄太郎に勝てるかなぁ」
「一番練習した人が勝つんだよ。勝ちたかったら、練習するしかない」
「そうかぁ」
アメリカの著名なバスケットボールのコーチが言っていた。「勝ちたいという意欲は誰にでもある。重要なのは勝つために準備する意欲だ」
パパは準備する意欲が希薄だったから、何をやっても中途半端だったけれども、努力家のママの血を半分引いている娘はどういうことになるだろう。

日曜日の朝。ベッドルームにこぼれる強い日差しと娘の声で目が覚めた。どうやら晴れたらしい。
「パパ、起きて、朝ごはんだよ。今日は運動会だよ」
「晴れたねー。てるてる坊主が効いたなー」
娘は嬉しそうにうなづいた。

パパ、ママ、2組のじいちゃん、ばあちゃん、叔父さん夫婦と従兄弟2人、雄太郎のママとばあちゃん・・・総勢12人の大応援団が80メートル走のゴール付近に陣取った。
陽射しはジリジリするくらい強くなってきたけれど、少し強めの薫風がグラウンドを渡って心地いい。菓子や飲み物を揃えて、ピクニックに出かけたようなにぎやかさだ。

80メートル走は最初のプログラム。パパたちのビデオカメラにみつめられて、歓声の中、レースが進む。いよいよ最終組。
レンズの中の娘はやる気満々で少し緊張しているようだった。
「あんまり堅くならないで、思い切り腕を振って走るんだ」
レンズの中の娘に語りかける。
「パーン」
ピストルの乾いた音が鳴って、娘はフライング気味にスタートした。
先頭。
「いいぞ」
ところが、雄太郎は中盤で加速すると、ぐんぐんとスピードを上げた。
その走りにはまったく気負いがなく、天性のもので、余裕の表情でゴールを走り抜けた。
「ディープインパクトだ」
競馬好きの弟が笑った。
終盤、勝敗が決したように見えた後、娘はつっかえ棒が外れたように失速し、4位に終わった。

娘の席まで行って、話しかけた。
「何等賞だった?」
「敢闘賞だった」
さばさばとした表情で娘は答えた。
「最後の方で力を抜いただろう。あれは良くないな。最後まであきらめないで走らなけりゃダメだ。結果よりもそういうことが何倍も大事なんだ」
「うん、そうだね」
「ちゃんとした走り方をすれば、まだまだ早く走れるよ。腿を上げて、腕を強く振るんだ。パパが今度教えてあげるからな」
やっぱり敵わないとあきらめたらそこでおしまいだ。中途半端に頭がいいとそういうことになってしまいがちだ。来年もやっぱり雄太郎には敵わないかもしれない、男女の身体能力の違いがあるから、差はさらに広がるかもしれない。けれどもあきらめることはしてほしくなかった。

その後のアトラクションレースで、娘は1等賞になり、娘と雄太郎の所属していた「青組」は、総合優勝した。
運動会後のミニバスの練習に参加し、夕方遅くに娘は帰ってきた。
玄関のドアが開く音がして、バタバタとリビングに駆け込んでくる。
Vサインをして、満面の笑顔だ。
「応援賞もとったから、W優勝なんだよ」
「すごいなー」

娘が味わったちょっとした挫折感、それから仲間たちみんなで勝ち取った優勝の喜び。いろんなことを経験しながら、成長していくんだなとしみじみと思った。
「今日は寿司でも喰いに行くか」
娘の笑顔がパパは何よりも嬉しかった。

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2008年5月11日 (日)

娘の行く道

10歳になる娘がミニバスを始めて、もう2ヶ月近くになる。
娘の所属するチームは指導者がとても熱心にやってくれていて、土曜日にも練習がある。
熱心に指導してくれるコーチには頭が下がる思いだけれども、「娘のいない休日」に戸惑っているパパとしては、正直、休日まで練習することはないんじゃないかなどと思ったりしているところなのだけれども、5月3日、4日に大会があるという。
ゴールデンウィークも部活漬けなのか・・・。寂しい気持ちになった。

娘がまだよちよち歩きのころから、ゴールデンウィークは、ママの妹が住む千葉に行くのが恒例になっていた。従兄弟と一緒に遊園地に行ったり、動物園に行ったり、お買い物に行ったり、おいしいものを食べたり・・・、娘も従兄弟もとても楽しみにしていた時間だった。
大会に出場するのは、5年生、6年生が中心で、はじめたばかりの娘に出番はないはずだ。パパは密かに大会を休んで千葉に出かけてもいいのかなと思っていた。
ところが、娘は一度も大会を休むと言い出さなかった。千葉に行けないことを残念がるフシもなかった。大会当日、ママに弁当を作ってもらって、自分で水筒にお茶を詰めて、当たり前のように出かけていった。

「行ってきまーす」
小さな身体に不釣合いな大きなバッグをぶら下げて出かけていく娘を、パパは寝起きのボサボサ頭のままで外へ出て見送った。
「もう自分の決めた道を歩き始めているんだねぇ」
一緒に見送りに出たばあちゃんが娘の後姿を見ながら、頼もしそうに、少し寂しそうにつぶやいた。

娘の通う小学校は、自宅の並びで、校門もミニバスの練習をやっている体育館の入り口も見通せるほどの距離にある。
ちょっと前にやっぱり同じように見送りに出たとき、娘は振り返り振り返りして、見送っているパパの姿を確認しながら、体育館の入り口まで行った。
そしてそこで大きく手を振って、体育館に入っていった。
娘の、新しい世界に飛び込んでいく不安を感じて、パパはちょっと切ない気持ちになった。

だけど、今日の娘は一度も振り返らずに体育館の入り口まで行き、その付近で会ったチームメイトとハイタッチなどしている。
チームに溶け込めているのだなという安堵感と、娘が遠くへ行ってしまったような寂しさを感じながら、リビングに戻り、読みかけの本を開いたけれども、娘の後姿が妙に頭に残って、なかなか本の世界に入っていけなかった。

出かける前の娘との会話。
「試合は何時からなの?」
「最初の試合は10時半から、次の試合は3時から」
「相手のチームは強いのかな?」
「去年優勝しているチームだから強いと思う」
「勝てるかな?」
「勝てるよ」
娘は出かける準備をする手を休めずに、パパの問いかけに面倒くさそうに答える。
「試合を観に来て欲しい」となかなか言わないので、根負けして、こちらから水を向けた。
「試合を観に行ってもいいかな?」
「別にいいけど・・・」
言葉ではそう言っているけれども、観に来て欲しくないという態度だった。

逡巡した結果、ママと一緒に試合を観に行った。
ユニフォームを着た選手たちとその父兄、大会関係者でごった返す体育館のホールを抜けて、観覧席に上がると娘のチームがコートでアップをしていた。
娘の姿を探していると、背後から声をかけられた。取引先のKさんだった。
「どうしたんですか?こんなところで会うとは思わなかったなぁ」
Kさんとは、仕事上の付き合いと言うよりもむしろ飲み友達で、会うのは主に酒場であり、「こんなところで・・・」という感想はお互い様だ。
「娘がこの春からミニバスをはじめてね」
「次の試合ですか?」
「そうなんだ」
「どこにいるんですか?」
娘を探す。
「あ、あそこにいた。左から2番目・・・」
「何年生?」
「4年生」
「大きいな~。エース候補だね」
4月生まれの娘は、4年生としては大きな部類に入る。
バスケットボールの世界では、1に身長、2にスピード、3に頭と言われているそうだ。大きいことは圧倒的に有利らしい。
Kさんは6年生になる息子がミニバスをやっていて、口ぶりから察すると相当入れ込んでいる様子だ。
本人も学生時代からバスケットボールをやっていて、今も現役だと胸を張った。
酒場では見せたことのない顔だった。

小学生のバスケットボールは、想像していたよりもレベルが高かった。
け れども、上手い子とそれほどでもない子の力の差は歴然としていて、力のない子はフリーになってもパスをもらえない。力のある子は無理を承知でドリブルで切 り込んでいく。コートにいるのは5人だけれども、実際は2~3人で試合をしているような感じだ。力がない子はないなりにゲームに参加できるような組み立て はできないものなのかと思った。

試合中、娘はずっとベンチにいたけれども、試合に出ることはなかった。
インターバルになると、先輩に飲料を渡したり、タオルで風を送ったりしている。

人は自我の塊として生まれてくる。
気に入らなければ、泣き喚き、自分の要求を満足させようとする。
けれども、成長するに従って、周りのことにも気を配るようになる。
他人のために、チームのために、何とか役に立とうとしている娘の姿をパパは感慨を持って見ていた。

娘のチームは惜敗した。
学生時代、バスケットボール部のキャプテンをやっていたママは、「勝てる試合を落とした」と悔しがった。
試合が終わって、引き上げてきた娘と観覧席の階段のところですれ違った。
娘はパパの姿を認めて、お愛想で合図をしたけれども、それ以上は、迷惑だといわんばかりの態度だった。

娘のチームは、その後の試合で勝って、結果的には3位だったらしい。
賞状を持って、帰ってきた娘は、「優勝できたのに残念だ」と悔しさをにじませた。

パパは娘のために、風呂を用意しておいた。娘と風呂の中で試合の話をした。
「上手くなりたかったら、人よりも練習するしかないんだ」というようなパパの話を娘は神妙な面持ちで聞いている。
風呂から上がって、しばらくテレビを観ていたけれども、疲れていたのだろう、いつもより早くベッドに入ると言い出した。
娘はもう4年生になるけれど、まだ一人で寝ることができない。眠くなるとパパかママを指名して、ベッドルームへ行く。
パパはベッドで本を読んでやるので、人気が高い。娘は落語をねだった。
NHKの朝のテレビ小説「ちりとてちん」で有名になった「愛宕山」を読んでやる。
「野辺へ出てまいりますと、春先のことで・・・」
テレビでも繰り返し使われたフレーズのところにくると、それを暗記している娘は、パパの声に自分の声を重ねる。
「やかましゅう言って参ります。その道中の陽気なこと・・・」
パパは、気の合った仲間たちと一緒に、にぎやかに、楽しく生きて行きたいと願った。
娘はこの先、自分の生き方をどのようにして決め、何を願うのだろう。
パパが娘の人生に深く介入する時期はもう過ぎているようだから、見守るしかない。

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2008年3月20日 (木)

クラブ活動をはじめる~娘のいない休日

4月から娘は4年生になる。
4年生になると、学童保育には行けなくなるけれども、クラブ活動に参加できるようになる。
参加するのかしない のか、するとしたら何をするのか、しばらく逡巡していたようだったが、結局、仲の良い子に誘われてミニバスに入ることにしたようだ。今月のはじめに友だち と見学に行って、「面白そうだから」と入部を決めてきた。母親には相談したらしいが、父親には結果だけが伝えられた。

ミニバスとは、ミニバスケットボールのこと。通常のバスケットボールよりもコートが狭く、ボールが小さい。リングの高さも45cm低い。3ポイントシュートがないなど、ルールの違いもある。

正式な入部はまだだけれども、もう練習に参加しているというので、仕事で外に出たついでにのぞいてみた。

体育館の入り口に立って、練習を見ていると、娘がすぐに気がついて、手を振った。
娘の練習を見ながら、自分の小学校4年生のころを思い出していた。

私 の時代に「ミニバス」というものはなく、「ポートボール」というものがあった。スポーツのできる男の子はだいたい野球部に入るという時代だったけれども、 私のクラスの私よりもスポーツができる子の何人かは「ポートボール」に行った。それでも野球部の競争率は高く、選抜試験が行われた。選抜試験を通って、野 球部の帽子をかぶることができた晴れがましい気持ちは今でも忘れることができない。
娘がそのころの自分と同じ年代になったのだと思うと、娘の成長と言うよりも、自分の過ごしてきた時間への感慨がある。

休日にクラブ活動に必要なものを買いに出かけた。
シューズ、ソックス、トレーニングウェア、タオル、それらを入れる身体の大きさほどもあるバッグ。
友 だちが持っているものはどんなものだったか、同じものがいいのか、違うものがいいのか、自分の好みに照らすとどうなのか、ひとつひとつ丁寧に検討し、決め ていく。母親は学生時代にバスケットボールの経験があるので、母親の意見は少しだけ聞くけれども、父親の意見は聞いたフリだけして、参考にしない。買う気 もないゴルフクラブの売場をうろついたりして、拗ねて見せた。

次の休日は初めての県外遠征ということだった。試合に出るわけではないけれど、見学に行くのだという。前の日からそれはそれは楽しみにしていて、5時集合だから、4時には起こしてくれるように、何度も何度も母親に念を押した。
母親と4時に起きて、一緒に弁当を作り、大きなバックを担いで意気揚々と出かけていった・・・らしい。遅くまで仕事をしていた父親は眠っていた。かすかに「行ってきまーす」という元気な声を聞いたような記憶が残っていた。

午近くになって起きてくると、書置きがあった。娘は無事出かけ、母親はパーマ屋にいったらしい。娘の帰りは19時ころ、母親はその前に帰宅するとのことだった。

娘が生まれて以来、休日は娘のものだった。平日は帰りの遅いことが多いので、罪滅ぼしの気持ちもあった。
娘のいない休日というのは久しぶりだった。

結婚する前、休日は映画を観て過ごすことが多かったけれども、娘が生まれてから、劇場で映画を観ることはほとんどなくなっていた。

降っ て湧いたひとりきりの休日を持て余したような気持ちになったが、まず頭に浮かんだのは映画だった。以前であれば、今、どんな映画がどこでかかっているかを 熟知していて、優先順位がついていたから、迷うようなことはなかったけれども、今日はまずどんな映画がかかっているのかということを調べなければならな かった。ウェブサイトでチェックしたが、食指の動く映画がない。
いつまでたっても動き出そうとしない気持ちと身体で、録画していた番組をいくつかチェックした。

結局、この休日に買おうと決めていたコーヒーメーカーを物色に出かけ、電器店と雑貨屋をいくつか回り、保温ポットのついたコーヒーメーカーを買った。コー ヒーメーカーを買ったら、豆も買わなければならない。その場で焙煎してくれる店でちょっと贅沢な豆を買った。それから・・・、ビールを買った。

帰宅して、風呂の掃除をした。娘が疲れて帰ってくるだろうと思ったからだ。
風呂の支度をして、娘の帰りを待った。待ちきれなくなって、風呂に入り、ビールを飲んだ。
2本目のビールを開けたころ、娘が帰ってきた。
「ただいまー」玄関で弾むような声がする。
玄関に飛び出して行きたい気持ちを抑えて、寝たふりをする。
「あー、パパ寝たふりしてる。ビール飲んでるの?」
バレバレだ。
「お帰り。楽しかった?」
「楽しかった!」
娘は話したいことがたくさんあるのだけれども、どう表現していいのか分からない様子で、言葉を捜して身震いをする。
「まず、ママとお風呂に入ってきなさい」
「はーい」

風呂場から、饒舌な娘の声と母親の相槌が聞こえる。
どんなに素晴らしい映画を観た後よりも幸せな気分だった。

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