« 村木元局長無罪で腑に落ちないこと。 | トップページ | この国の正義 »

2010年12月14日 (火)

小沢さんは国会で堂々と持論を述べれば良い。

「小沢=強権的でカネにまみれた古いタイプの政治家」というイメージは、マスコミによって作り上げられてきた。
事実が提示されてきたわけではない。イメージが増幅されてきただけだ。

テレビの街頭インタビューで、小沢さんの「政治とカネ」を言う人は、小沢さんの起訴事実について、正確に語ることのできる人はいるだろうか?
多くの人は、小沢さんが政治的影響力を背景にして、特定の建設会社に有利な取り計らいをするのと引き換えに多額の献金を受け、そのカネで世田谷の土地を買ったと思っているのではないか。
検察はそのような筋書きで捜査をしたわけだけど、証拠が充分でなかったから起訴できなかった。

検察審査会が2度にわたって「起訴相当」という結論を出したのは、それに足る事実があったのだろうと信じたいけれど、作り上げられた小沢さんのイメージに引っ張られて、検察に不当な圧力をかけ、不起訴にしたのではないかという疑念が根底にあったように感じる。

「やっぱりどこか怪しい感じがするよね」ということで、起訴されることになってしまったら、たまったものではないと思うけれど、制度上、小沢さんは起訴されることになった。

起訴されるということは、罪を犯したことを疑う充分な証拠があるということだ。
証拠があるという点で、小沢さんの件に関しては、疑問が残るとは思うけれど、起訴されたことは事実だ。
しかし、起訴=有罪ではない。
本人が無罪を主張するのなら、最高裁まで争う権利を日本国民は等しく有しているから、争っている間は、推定無罪と認定されるべきだ。

国会議員は、国民の代表であること、税金を使っていることから、より厳しい倫理観を求められている。
それは当たり前のことだ。そうでなかったら困る。

しかし、どうだろう?
政倫審は、本来、政治家として倫理上疑念を持たれた政治家が自らの潔白を主張する場であったはずだが、いつの間にか、いわれなき断罪の場になっている。
朝鮮半島が極めて危険な情勢になり、国民の生命財産が危険にさらされている時であっても、酔っ払い同士の揉め事に過ぎない「エビゾー問題」に狂奔するレベルのマスコミが振りかざす「世論」に、政治が振り回されるのは、もういいかげんやめにしてもいいのではないだろうか。

これまで通用していたマスコミを使った情報操作は、インターネットによって無力化している。
事実を迅速に伝え、その事実に対して、どのような考えに基づいて、どのような方策を展開していくのかを表明していくことが求められるようになる。
尖閣ビデオでみんなが学んだことだ。
マスコミが増幅する「イメージ」ではなく、事実の積み上げによって、自分の考えを構築し、それを政治に反映させていかなければならない。

新しい時代がすぐそこまで来ているのに、その時代のうねりは、それを求めない人たちによって矮小化されている。

ごめんなさい。
酒を飲みながら、書いていたら、収拾がつかなくなってしまった。

小沢さんは自分を肯定的に扱ってくれるメディアや仲間うちの会合で自分の主張を述べるだけじゃなく、否定的なメディア・・・ひいては政倫審、国会で堂々と自分の主張を述べるべきなのではないかと思う。そうすることによって、少しだけかもしれないけれど、国が動くのではないかと思う。そんなことができるのは、今、あなたしかいないのじゃないかと思う。

|

« 村木元局長無罪で腑に落ちないこと。 | トップページ | この国の正義 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 小沢さんは国会で堂々と持論を述べれば良い。:

« 村木元局長無罪で腑に落ちないこと。 | トップページ | この国の正義 »