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2009年3月12日 (木)

金賢姫さん、飯塚耕一郎さんの悲劇と彼らの気高さ

金賢姫さんは、1962年1月に平壌で生まれ、まもなく父の赴任先・キューバに渡った。4歳になるころ平壌に戻り、金日成総合大学、平壌外国語大学を経 て、朝鮮労働党中央委員会調査部に工作員として召集された。バリバリのエリートだ。北朝鮮による拉致被害者・田口八重子さんから日本語を習うなど日本人化 教育を受け、87年にソウルオリンピックを妨害するための作戦・大韓航空機爆破事件の実行犯として、バーレーンで拘束された。自殺を図ったが、未遂に終わ り、1989年に韓国・ソウルで死刑判決を受けた。翌90年特赦されたが、同時期に外交官だった実父を含む家族が北朝鮮強制収容所に送られたことを知る。 97年にボディガードだった男性と結婚して、ソウル市内で主婦としてひっそりと暮らしているとされていた。北に配慮する左翼政権が続いたせいか、表舞台に 姿を現すことはなかったが、2009年3月11日、韓国政府の計らいで、田口八重子さんの兄・飯塚繁雄さん、長男の飯塚耕一郎さんとの面談が実現した。

11日のテレビでは、飯塚繁雄さん、耕一郎さんと金さんの面談をトップニュースで伝えていた。
私は一人、ビールを飲みながら、このニュースに接し・・・涙が止まらなかった。

自分の母を「母である田口八重子さん」としか言えない耕一郎さんの悲劇。
「元死刑囚」、「元工作員」言い方はメディアによって、様々だったけれども、金さんの現在の身分を端的に表す言葉に象徴される消すことのできない事実の残酷さ。

耕一郎さんは誰も責めなかった。自分に降りかかった悲劇を冷静に受け止め、希望をつなぎ、感謝の言葉を口にした。

金さんに罪はあるのか?私は金さんもまた被害者だと思っている。
私が彼女の立場だったら、北朝鮮の体制を責め、洗脳されていた自分には罪はないということを主張するだろう。
そうしないことには、とても生きていけない。

けれども、彼女は言い訳じみた言葉は一切発しなかった。
自分の犯した罪を事実と認め、その事実と対峙する覚悟と決意を彼女の態度から感じ取ることができた。

金さんと耕一郎さんの魂の気高さに私は感銘を受けていた。

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