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2008年10月17日 (金)

上杉隆『ジャーナリズム崩壊』を読む

上杉隆さんの『ジャーナリズム崩壊』を読んだ。

この本で最も感心し、共感を覚えたのは、朝日新聞「素粒子」の<死に神>報道というくだり。
この記事については、当ブログでも取り上げたと思う。

2008年6月、朝日新聞は、死刑執行を繰り返す鳩山邦夫法務大臣についてこう記した。

永世死刑執行人 鳩山法相。「自信と責任」に胸を張り、2ヵ月間隔でゴーサインを出して新記録達成。またの名、死に神。

翌19日、鳩山法務大臣は記者会見の中で、すぐさま反論し、自分は「死に神」ではないし、そうした記述は「執行された方に対する侮辱だと思う」と激しく抗議した。

これを受けて、朝日新聞には1800件を超える苦情が押し寄せる。当初、「とくにコメントはありません」としていた朝日新聞だったが、あまりの反発の多さに弁解に追われることになる。

鳩山法相の件で千件超の抗議をいただく。「法相は職務を全うしているだけ」「死に神とはふざけすぎ」との内容でした。
   ×   ×   ×
法相のご苦労や、被害者遺族の思いは十分認識しています。それでも、死刑執行の多さをチクリと刺したつもりです。
   ×   ×   ×
風刺コラムはつくづく難しいと思う。法相らを中傷する意図はまったくありません。表現の方法や技量をもっと磨かねば。

(夕刊「素粒子」/2008年6月21日付。)

果たしてこれが「訂正」といえるだろうか。謝罪の言葉は一切なく、「風刺コラムはつくづく難しい」と他人事のような感想を述べているだけに過ぎない。(中略)なにより問題なのは、これだけの騒動が起きてもなお、自らは安全な「匿名」の世界に逃げ込んだままで、一切正体を明かさないこの記者、及び朝日新聞の姿勢である。

上杉さんはこの後、匿名のブログに関しても批判の矛先を向けている。
私はこのブログを匿名でやらせてもらっているから、上杉さんに言わせれば、私も卑怯者なのかもしれない。
けれど、まあ、朝日新聞のコラムと泥酔しながら書いているブログを一緒にされてもなぁと思う。

匿名であろうとなかろうとブログには双方向性がある。
トラックバックやコメントで私の意見(泥酔していたとしても)に対する意見があれば、それは受け止めざるを得ない。
そのやりとりは(やりとりがないことも含めて)、すべてログとして残り、閲覧が可能なわけだから、朝日新聞よりもずっと責任ある立場にあるのではないかなと思う。
市井の人間である私がここで素性を明らかにする意味を私はあまり感じない。「明らかにしろ」と言う人がいるのなら、その人にだけ明らかにしても全然構わない。相手が怒っているのなら、いきなり謝るだけだから。

いやいや、ここで話がしたいのはそんなことではない。
さてさて、何を話したかったのか。酔いが回ってしまったらしい。

ジャーナリスティックなものではないけれど、かつて私も雑誌の世界に身を置いていたことがある。
上杉さんの著書は得心しながら読ませていただいた。
メディアがメディアとして機能してこなかったから、今の情けないこの国の現状があるという思いは一緒だと思う。

官僚組織という既得権でガチガチに固められた仕組みを壊さない限り、日本は次のフェーズに進めない。
それはマスコミも指摘しているし、みんながそう感じていることだ。

新聞、テレビは「記者クラブ」を解体しなければならない。
それは「記者クラブ」が既得権になっているからだ。

その通りだと思う。
それができれば維新につながると思う。

少なくとも無責任なことを書き飛ばして、訂正もしないメディアはなくなるだろう。
それはとても大事なことだと思う。

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