娘の運動会
運動会と言えば、秋だと思っていたけれども、娘の通う小学校の運動会はいつもこの時期だ。
聞くところによると、数週間のズレはあるようだけれども、近郊の小学校は概ねこの時期に運動会をやるらしい。
い
つから運動会をこの時期にやることになったのだろう。古い世代にとっては、やっぱり東京オリンピックの開会式が行われた10月10日あたりに運動会をする
のが、気持ちの上でおさまりがいいけれども、今や体育の日も10月の第2月曜日になったりしているから、そうした感覚はもう過去のものなのかもしれない。
娘
の通う小学校の運動会は、土曜日の予定だったが、雨で日曜日に順延になった。日曜日も雨になると、火曜日に順延される。平日に順延されれば、仕事を持って
いるパパもママも観戦に行けない。娘もパパもママもじいちゃんもばあちゃんも何とか晴れてくれと祈るような気持ちだった。娘は3つもてるてる坊主を作り、
なかなか上がらない雨空を恨めしそうに見上げた。
夜半になっても雨は上がる気配がなく、パパは「明日はダメかなぁ」と嘆息した。
運動会の1ヶ月前くらいから、娘がする話は運動会のことが多くなった。
一緒に風呂に入ると、自分の所属する「青組」の応援歌を大きな声で練習する。
「今日、80メートル走で雄太郎に勝ったんだよ」
娘がとても嬉しそうに話した。
「そうか。すごいな」
同じ学校に通う従兄弟の雄太郎は、スポーツ万能である。それは周りの誰もが認めていて、娘もスポーツでは雄太郎に敵わないと思っていた。
「ミニバスをはじめたからだよ」
小学生のころは、ちょっとしたことで身体能力がぐんと上がる。娘はそれが素直に嬉しく、ミニバスが面白くて仕方がない。
「そうかもしれないな」
「運動会では雄太郎と同じ組で走るんだよ」
運動会では事前の記録で組み分けされて、遅いタイムの子から走ることになるらしい。娘は最終組で、学年チャンピオンを決める決勝レースということになる。聞くところによれば、他にもライバルがいて、娘は雄太郎と1、2着できれば最高だと話した。
「でも・・・雄太郎に勝てるかなぁ」
「一番練習した人が勝つんだよ。勝ちたかったら、練習するしかない」
「そうかぁ」
アメリカの著名なバスケットボールのコーチが言っていた。「勝ちたいという意欲は誰にでもある。重要なのは勝つために準備する意欲だ」
パパは準備する意欲が希薄だったから、何をやっても中途半端だったけれども、努力家のママの血を半分引いている娘はどういうことになるだろう。
日曜日の朝。ベッドルームにこぼれる強い日差しと娘の声で目が覚めた。どうやら晴れたらしい。
「パパ、起きて、朝ごはんだよ。今日は運動会だよ」
「晴れたねー。てるてる坊主が効いたなー」
娘は嬉しそうにうなづいた。
パパ、ママ、2組のじいちゃん、ばあちゃん、叔父さん夫婦と従兄弟2人、雄太郎のママとばあちゃん・・・総勢12人の大応援団が80メートル走のゴール付近に陣取った。
陽射しはジリジリするくらい強くなってきたけれど、少し強めの薫風がグラウンドを渡って心地いい。菓子や飲み物を揃えて、ピクニックに出かけたようなにぎやかさだ。
80メートル走は最初のプログラム。パパたちのビデオカメラにみつめられて、歓声の中、レースが進む。いよいよ最終組。
レンズの中の娘はやる気満々で少し緊張しているようだった。
「あんまり堅くならないで、思い切り腕を振って走るんだ」
レンズの中の娘に語りかける。
「パーン」
ピストルの乾いた音が鳴って、娘はフライング気味にスタートした。
先頭。
「いいぞ」
ところが、雄太郎は中盤で加速すると、ぐんぐんとスピードを上げた。
その走りにはまったく気負いがなく、天性のもので、余裕の表情でゴールを走り抜けた。
「ディープインパクトだ」
競馬好きの弟が笑った。
終盤、勝敗が決したように見えた後、娘はつっかえ棒が外れたように失速し、4位に終わった。
娘の席まで行って、話しかけた。
「何等賞だった?」
「敢闘賞だった」
さばさばとした表情で娘は答えた。
「最後の方で力を抜いただろう。あれは良くないな。最後まであきらめないで走らなけりゃダメだ。結果よりもそういうことが何倍も大事なんだ」
「うん、そうだね」
「ちゃんとした走り方をすれば、まだまだ早く走れるよ。腿を上げて、腕を強く振るんだ。パパが今度教えてあげるからな」
やっぱり敵わないとあきらめたらそこでおしまいだ。中途半端に頭がいいとそういうことになってしまいがちだ。来年もやっぱり雄太郎には敵わないかもしれない、男女の身体能力の違いがあるから、差はさらに広がるかもしれない。けれどもあきらめることはしてほしくなかった。
その後のアトラクションレースで、娘は1等賞になり、娘と雄太郎の所属していた「青組」は、総合優勝した。
運動会後のミニバスの練習に参加し、夕方遅くに娘は帰ってきた。
玄関のドアが開く音がして、バタバタとリビングに駆け込んでくる。
Vサインをして、満面の笑顔だ。
「応援賞もとったから、W優勝なんだよ」
「すごいなー」
娘が味わったちょっとした挫折感、それから仲間たちみんなで勝ち取った優勝の喜び。いろんなことを経験しながら、成長していくんだなとしみじみと思った。
「今日は寿司でも喰いに行くか」
娘の笑顔がパパは何よりも嬉しかった。
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