感情的な報道
西松強制連行訴訟、原告の敗訴確定
第二次大戦中に中国から強制連行され、昭和19年から20年にかけて広島県内の水力発電所建設工事現場で働かされたとして、中国人の元労働者と遺族計5人が、工事を請け負った西松建設(東京都)を相手に、総額2750万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が27日、最高裁第2小法廷であった。中川了滋裁判長は、「日中共同声明により、日中戦争の遂行中に生じた中国国民の日本国またはその国民、法人に対する請求権は裁判上請求する権利を失った」との初判断を示した。
その上で、原告の請求をすべて認めて逆転勝訴を言い渡した2審・広島高裁判決を破棄し、原告の請求を退けた。原告の敗訴が確定した。
訴えていたのは、元労働者の宋継堯さん(78)と邵義誠さん(81)のほか、元労働者3人の遺族。
判決理由の中で中川裁判長は、日中共同声明について「戦争の遂行中に生じたすべての請求権を相互に放棄したサンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる取り決めがされたと解することはできない」と指摘。その上で「サンフランシスコ平和条約と同様に、個人の損害賠償などの請求権を含め、戦争の遂行中に生じたすべての請求権を放棄する旨を定めたと解される」と判示した。
一方、中川裁判長は「被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかったことや、西松建設が中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受けていることなどの事情にかんがみると、関係者がその被害の救済に向けた努力をすることが期待される」と付言した。
広島高裁の判決によると、宋さんら5人の元労働者は昭和19年8月、他の中国人とともに中国から日本に強制連行され、広島県の安野発電所の建設工事現場でトンネル掘削作業に強制的に従事させられた。広島高裁のこうした事実認定については、この日の最高裁判決も是認した。下級審が認定した強制連行・強制労働の事実を最高裁が是認するのは初めて。
1審・広島地裁は西松建設の不法行為や安全配慮義務違反を認めたものの、不法行為については除斥期間(20年間)、安全配慮義務違反については消滅時効(10年間)を理由に請求を棄却。これに対し、2審は不法行為について除斥期間の成立を認めたが、安全配慮義務違反については「西松建設側が消滅時効の成立を主張するのは権利の乱用」と述べ、全額支払いを命じていた。
(産経新聞 2007/04/27 12:01)
「不当判決なぜだ」原告、拳振り上げ抗議 強制連行訴訟
「原判決を破棄する」。裁判長が読み上げ始めた判決主文は、傍聴席から上がった「なぜだ!」「不当判決だ!」という怒号でかき消された。戦時中の被害から60年余り。苦しみ続けた原告らが投げかけた問いに、司法が正面から答えることはなかった。
「不当判決だ」「真実に目を背けるな」。判決言い渡しの瞬間、傍聴席から声があがった。
記者会見した原告の邵義誠(シャオ・イチェン)さん(81)は「裁判所が自ら責任を免れたいという判決だ」と無念さをにじませた。
「不当判決」と大書した紙を手に支援者らの前に現れた、原告を支援する土屋信三さん(56)は「ふざけた判決。歴史に汚点を残した。だが、強制連行や強制労働などの事実や安全配慮義務違反は、高裁までに認定されている。道義的責任を取らせたい」と語った。
◇
「閉廷します」。中川裁判長がそう告げた後も、原告の宋継堯(ソン・ジィヤオ)さん(78)らは拳を振り上げ、判決に抗議した。
宋さんは強制連行先の建設現場でトロッコごとがけから転落し、両目を失明した。空腹でふらふらのまま夜勤を強いられての被災。16歳だった。
仲間の中国人が病院にかつぎこんだが、医師から「治療できない」と追い返された。頭が割れるような痛みに耐え切れず、腫れ上がった右目を自ら両手で絞り出した。
労働力として役にたたなくなり、大陸に送り返された。布団で作った上着は破れ、穴だらけになった。裸足で物ごいをしながら、母が待つ家を目指して100キロもの道のりを歩いた。
目の不自由な妻と結婚し、楽器を奏で、「孫悟空」などの物語を語り、わずかな投げ銭を日々の糧に子どもを養った。
「この苦しみは、どこにも訴えようがない」。そう、あきらめていた。
90年代に入り、強制連行の実態調査をしていた中国・河北大学の調査チームや日本の市民団体の訪問を受けた。西松建設が「雇用主」だと初めて知った。半世紀ぶりに訪日し、謝罪と賠償を求めたが、西松は強制連行の事実さえ認めようとしない。98年に提訴した。
〈今生恨みは晴らせぬか 泣き寝入りかと口惜しくも〉〈思いがけずにようやくに 恨み晴らすは今日にあり〉――。
憤りを詩に書いた。
判決後の記者会見。宋さんは、車いすの上で声を絞り出した。
「最後まで、たたかっていく」
(朝日新聞 2007年04月27日15時32分)
強制連行訴訟:救済の道閉ざされる 原告ら、抗議の右拳
日本の司法は無情だった。27日、中国人の賠償請求権を否定した強制連行訴訟の最高裁判決。勝訴を信じ、提訴から9年余にわたり日本企業の理不尽さを訴えてきた原告たちは、退廷する裁判官に向かって右手の拳を突き上げ、怒りをあらわにした。「不当判決」「許せない」。支援者たちからは、司法救済の道を閉ざした「人権の砦(とりで)」に厳しい声があがった。【高倉友彰、木戸哲】
「原判決を破棄する。被上告人の控訴を棄却する」。午前10時半、敗訴確定を意味する判決主文の言い渡しが始まると、傍聴した日本人支援者から「取り消せ」「恥を知れ」と怒号が飛び交った。原告5人(生存者2人、遺族3人)のうちの一人で、強制連行を経験した邵義誠さん(81)は退廷する裁判官の背をにらみつけた。
判決後に最高裁近くの社会文化会館であった会見でも、賠償請求権はあるが裁判上は請求できないという判決に対し「裁判所が責任を免れている感じの判決だ。最後まで西松建設と交渉していきたい」と憤りを隠さなかった。「人民日報」「新華社」など中国メディアも取材に訪れ、中国国内での関心の高さをうかがわせた。
邵さんは「全員を代表して訴訟を起こした」と話す。西松建設の発電所建設現場に連行された中国人は約360人。過酷な労働を強いられて269人が病に倒れ、29人が病気や事故で命を落としたという。
44年夏。邵さんは路上で「ヤクザのような男たち」に拉致され日本へ。重い皮膚病を患ったが、1度注射を受けただけで放置された。45年春「働けないので中国に帰す」と通告され帰国。だが病気で働けず、路上生活をするしかなかった時期もある。結婚後も妻に過去を打ち明けられなかった。「思い出すと悲しくて話せなかった」からだ。
もう1人の生存原告、宋継尭さん(79)は「一生を暗闇の中で過ごしてきた。補償を勝ち取るまで生き延びたい」と訴えてきた。作業現場でトロッコもろともがけ下に転落。両目に大量の砂が入ったが手当てすらしてもらえず両目を失明した。
高齢でもはや自力で歩くことさえ難しい。それでも、体調を心配する家族の反対を振り切って来日し、最高裁の法廷に乗り込んだ。「何も言わないまま負けるわけにはいかない」。車椅子に預けた身に秘めたそんな思いは、最後の最後に、退けられた。
(毎日新聞 2007年4月27日 13時47分 最終更新時間 4月27日 14時24分)
強制連行賠償訴訟、中国人個人の請求権認めず…最高裁
戦時中に強制連行され、広島県内の発電所建設現場で過酷な労働を強いられたとして、中国人元労働者2人と遺族3人が、工事を請け負った西松建設(東京都港区)に、総額2750万円の損害賠償を求めた訴訟の上告審判決が27日、最高裁第2小法廷であった。
中川了滋裁判長は「1972年の日中共同声明により、中国人個人は日本に対し戦争被害について裁判上、賠償を請求することはできなくなった」との初判断を示した上で、企業側に全額賠償を命じた2審・広島高裁判決を破棄し、原告の請求を棄却した。原告側敗訴が確定した。
戦時中の被害を理由に中国人が起こした戦後補償訴訟は、強制連行や従軍慰安婦など現在、約20件が係争中だが、最高裁が個人の損害賠償請求権を否定したことで、これらの訴訟で司法による救済が原則、認められない見通しとなった。
判決は、同小法廷の中川裁判長、今井功、古田佑紀の3裁判官による全員一致の意見。この訴訟の上告審で、同小法廷は日中共同声明の解釈だけに論点を絞って、上告を受理していた。
日中共同声明は「中国は日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する」と規定している。2審判決は「中国国民の損害賠償請求権の放棄まで含まれていると解するのは困難」として、個人の請求権を認めていた。
これに対し、この日の判決はまず、51年に締結されたサンフランシスコ平和条約について、「個人の賠償請求権を含め、戦争中の行為に関するすべての請求権を互いに放棄することを前提に日本と各国の戦争賠償の処理の枠組みを定めたもの」と指摘。その上で、「日中共同声明も、サンフランシスコ平和条約と同じ枠組みで締結された」と述べ、個人の賠償請求権は放棄されたと結論づけた。ただ、「請求権放棄」の意味については、「裁判上、請求はできなくなっただけで、完全に消滅した訳ではない」とし、司法によらない救済の可能性を示唆した。
一方で、判決は、強制連行や強制労働があったことを認め、「原告ら被害者が被った精神的・肉体的苦痛は極めて大きかった一方、企業は強制労働で利潤を得ている。西松建設を含む関係者は、原告ら被害者の救済に向けた努力をすることが期待される」と述べた。
判決によると、原告らは1944年、強制連行されて広島県内の発電所建設現場でトンネル掘削工事などに従事させられ、過酷な労働を強いられた。
1審・広島地裁は、損害賠償請求権は認めたが、民法上の時効を理由に原告の請求を棄却。一方、2審は「強制労働は著しい人権侵害で、時効を認めるのは正義に反する」として1審判決を取り消し、西松建設に請求全額の支払いを命じた。
(読売新聞 2007年4月27日12時45分)
同じことを伝える朝日、毎日、読売、産経各紙の記事だ。
正直、これだけ違うとは思わなかった。
問題があるのではないかと感じたのは、朝日、毎日の記事。特に朝日の記事は講談に近いと思う。
読売、産経が事実のみを淡々と報じているのに対して、朝日、毎日は原告の主張に沿った記事を書き、判決を不当と決めつけている。
判決は西松建設の非を認めている。西松建設が原告を不当に扱った事実はあったのだ。これは許されないことだ。最高裁も言っているように法律上は請求できなくなったが、西松建設は不当な行為で利益を得た事実が認定された以上、原告に何らかの賠償をするのが人の道だろう。
朝日が伝えている原告の話は「ウラ」が取れているのだろうか。記事は原告の話をそのまま伝えているようにしか読めない。悲惨な被害に遭った方の話に「それって、本当?」と疑問をさしはさむことは憚られるのが人情だ。しかし、報道はそうではない。どんな状況であっても、それが事実なのかどうか確認するのは、報道の基本ではないだろうか。原告の話も批判的に聞くのが正しい姿勢だと思う。
戦時中の雰囲気に流されて、ありもしない100人斬りを講談よろしく伝えた新聞があった。朝日の記事は同じ危険性を孕んでいる。
権力に批判的でありさえすればいいという姿勢は、間違っている。
アンチジャイアンツなので、読売新聞はあまり読まないのだけれど、本件に関する記事は読売が最も冷静でバランスが取れていて、好感が持てる。
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