2008年7月22日 (火)

聖人カン・ケイ師の教え#2~ 二岡選手と山本モナ

師は炎天下の野球観戦がお好きだ。
弟子たちは「師は苦行されているのだ」と噂しているが、どうやら師が以前されていた仕事に関係があるようだ。

この日も師は弟子数人をお連れになって、炎天下の野球観戦に出かけられた。
師は玉の汗をかき、うっすらと微笑みながら、フィールドのボールを目で追っておられる。

弟子の一人が師に問うた。
「師はどちらのチームを応援されているのですか?」
師は質問の意味が分からないというようなお顔をされ、「私は野球を観ているのであって、応援しているのではない」とお答えになった。
「けれども、どちらかのチームに肩入れをしなかったら、面白くないのではありませんか?」
「面白い?私は充分楽しんでいる」
「しかし・・・」
師はセンターポールに翻る日章旗のその先を見るような目をされて、口を開かれた。
「あなたは、試合の結果が気になるのですね」
「はい。私はオレンジ色のチームのファンなのです」
「大切なのは、結果ではありません。人には避けられない運命があります。どんな人にも等しくやってくる結果とは何だと思いますか」
「・・・死・・・でしょうか」
「そうです。オレンジのチームが勝っても、ブルーのチームが勝っても、それはどうでもいいことです。その過程にこそ面白さがあるのです」
弟子たちは師の深遠なお言葉にひれ伏すような心持ちだった。

「モナオカー」という野次が聞こえた。
師の耳にも届いたようである。
師は弟子の一人に訊いた。
「今の選手は二岡という選手ではありませんか?なぜモナオカと呼ばれるのでしょうか?」
弟子の一人が二岡選手と山本モナというタレントの醜聞を師のお耳に入れると、師は不機嫌そうな表情をされた。

弟子の一人がこの醜聞について、師に問うた。
側近の一人が「そのようなことに師はお答えになりません」と制したが、師は鷹揚にうなづきながら、お言葉を発せられた。
「二岡選手は繁殖の機会を得ようとしただけである。それは当たり前のことで、責められるべきことではない」
「それでは・・・」弟子の一人が師に問うた。
「悪いのは山本モナなのでしょうか?」
「男は種を蒔きたがる。どの男の種を宿すかは、女の判断にゆだねられている。女は生き残る種を選別するという役目があるから、強い男の種を宿そうと思うのは、責められるべきことではない」
弟子の一人が憤慨したような調子で師に迫った。
「二岡選手は妻帯者であり、山本モナはキャスターという立場です。ふしだらなのではないでしょうか」

野球の試合はまだ途中であったが、師は立ち上がった。
深いため息をついて、師はおっしゃった。
「人は増えすぎたのかもしれない・・・」

帰途、師は側近と弟子に今日の師のお言葉が、師の奥様に伝わることのないようにすることを厳しく命じられた。

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居酒屋放談~竹島はわが国固有の領土だ。

ある地方都市の繁華街。
その外れにある居酒屋「前菜屋」。
腕はいいけど無愛想。そのくせ議論好きな店主の性格が災いしてなかなか客がつかない。
やってくるのは変わり者の常連客ばかり。
今夜も常連客が集まって、与太話がはじまります。

【今夜の客】
企画屋:何でも商売にしようとするフリーのプランナー
テレビ屋:右翼で女好きのテレビカメラマン
姉御:元アスリートの建設会社やり手営業ウーマン
フラ:姉御の手下

テレビ屋「竹島はわが国固有の領土だってことを知っている?」
フラ「あ、知ってまーす」
企画屋「学校で習った?」
姉御「そう言われてみると、習ったことはないような気がするね。だいたい歴史教育は中学校でも高校でも古代からはじめて明治どまりなんだよ。学校では、近現代史は教えないんだよ。意図的に避けているような気がするね」
企画屋「国後、色丹、歯舞、択捉・・・北方四島はわが国固有の領土だということは習ったかな?」
フラ「習っていないと思うけれど、知ってます」
テレビ屋「尖閣諸島は?」
フラ「・・・領土って、そんなに大事なんですか?」
テレビ屋「大馬鹿者!! 国にとって領土より大事なものがあるか!」 
フラ「そんなに怒らなくても・・・」
姉 御「テレビ屋が気色ばむのも仕方がないんだよ。テレビ屋が右翼だからっていうわけじゃないんだ。例えば、竹島で譲歩したりすると、韓国は今度対馬もわが国 の領土だと言い出す。中国は尖閣諸島、ロシアは北方四島どころか北海道までわが国の領土だって言い出すかもしれない。アメリカだって鳥島や小笠原諸島につ いて、何か言い出すかもしれない。領土っていうのは、一歩たりとも譲っちゃいけないんだ」
テレビ屋「さすが姉御だねぇ・・・。けど、韓国と一戦構えるわけにもいかないしな」
企画屋「竹島に関する日本の主張は外務省のウェブサイトに書いてある。はっきりしている。けど主張していない」
姉御「当面は、竹島はないものとして、漁業関係の問題を解決する必要があるね」
テレビ屋「竹島は韓国が実効支配しているんだぞ」
姉御「仕方がないね。現実的な問題を片付けるのが先だね」
テレビ屋「日本は竹島問題について、国際司法裁判所で解決しようって言っているのに、韓国がそれを受け入れてないんだろう」
企画屋「最後にそれを言ったのはいつなんだろう。ずいぶん前の話だと思うよ。本来なら、少なくとも政権が変わるたびにそれを言わなければならないと思う」
テレビ屋「国際司法裁判所で竹島は日本のものだって結果が出たとしても、韓国がそれを受け入れるはずもないんだけどね」
フラ「裁判所が出した判決を無視するんですか」
姉御「国際司法裁判所の判決は強制力を持たないんだよ」
フラ「だったら、意味がないですよね」
企画屋「国際的にはそういう認識になっているっていう効果があるさ」
フラ「竹島は日本の領土なんですか?」
テレビ屋「間違いなく!」
姉御「日本には日本の言い分、韓国には韓国の言い分があるのさ」
フラ「韓国の教科書には、竹島・・・韓国ではなんて言うんだっけ・・・」
企画屋「独島」
フラ「独島は韓国の領土って書いてあるんですか?」
テレビ屋「書いてあるもなにも・・・。路線バスに「独島わが領土」って書いたステッカーが貼ってあるし、東大門市場の入り口にはばかデカイ看板がある。町に出れば、おねえちゃんだって、独島はわが領土だって言うぞ。そういう店でそんなこと言われてみろ。白けるぞ」
姉御「そういう店ってどんな店だよ」
企画屋「テレビ屋の好きな店だよ」
フラ「自分たちは教科書に書いているのに、日本が教科書に書こうとするとそれはいけないって言っているのですか」
テレビ屋「大使が帰国したりしていて、もうけんか腰なんだよ。おまけに困ったことになりますよ・・・なんて捨て台詞つきなんだぜ。あきれちゃうよな」
姉御「ほっておけばいいんだよ。教科書にはちゃんと書けばいい・・・ところで、企画屋は娘にどういうふうにこの問題を説明しているんだい」
企画屋「韓国の人の言い分とわが国の言い分とが違っていると説明してはいるんだけど・・・」
テレビ屋「甘いんじゃないか!?」
企画屋「だって、李承晩ラインのことを説明して、小学校4年生に分かると思うか?」
テレビ屋「分かるだろう?小学生を甘く見るなよ」
企画屋「分かりきっていることを政府はもう50年近く費やして、どうにもなっていないんだよ」
テレビ屋「外務省が小学生以下なのかもしれないな・・・」
姉御「ところで、この話、どこでオチが来るんだい?」
企画屋「考えていないうちに皆さんが暴走したというか・・・そういう状態でして・・・」
フラ「このシリーズ・・・今までオチがあったことがあるんですか?」

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2008年7月 5日 (土)

娘の悩み。パパの悩み。

検査のため会社を休み、病院へ行った。病院の帰りに少しだけ仕事をして、早々に帰宅した。
前夜から食事制限があり、まともなものを口にできなかったせいか、朝から茄子漬、枝豆、鯵のたたき、ビールが頭を支配していた。
それならばと、カミさんの帰宅を待って、近所の居酒屋に出かけた。

居酒屋という雰囲気がそうさせるのだろうか。娘がこれまではしたことのない話をはじめた。
ミニバスで決められた練習をするのに、技術力が優れた上級生が自分よりも早くその練習を終えるのは当然だけれども、技術力が同等かむしろ劣っているA子ちゃんやB子ちゃんが自分よりかなり早く練習を終えるのは、数を誤魔化しているとしか考えられないと言うのだ。

「練習は自分のためにするものだから、他人のことに構うことはないではないか。A子ちゃんやB子ちゃんは上手くなれないよ」とママ。
「自業自得だとは思うけれども・・・」
おや、難しい言葉を知っているなと思いながら、パパは生ビールをごくり。
チームとして、マイナスになるのではないかということを娘は言いたいのかもしれない。

「それだけではなくて、A子ちゃんは、練習に使う道具を隠したりする。数を誤魔化すのは、自業自得かもしれないけれど、練習に使う道具を隠したりすると、みんなの練習の時間が減ってしまう。それは許せない」
「A子ちゃんは、どうしてそんなことをするんだろうね」
「きっと練習をするのがイヤなんだと思う」
「いけないよって言って上げた?」
「そんなことしていないって言うから、どうしようもない。来週会議をするんだ」
会議か・・・とパパは生ビールをごくり。
パパはなかなか発言の機会を与えられない。

自分の子供のころのことを思い出してみる。
パパも4年生から野球をやっていたけれども、そんな経験はなかった。
自分の練習のことで精一杯だったから、他人のことまで考えることはなかった。チームメイトみんながそうだったと思う。
練習道具を隠したりする奴はいなかったし、仮にそんなことをする奴がいたら、「何を愚図愚図しているんだ!」と叱責されただろう。
男の子の世界は、力が支配する世界だから、ある意味単純で平和だ。ガキ大将がその腕力を背景にみんなを統率する。

「コーチとかマネージャーに相談したら?」
「言いつけるようなのはイヤなんだ」
子供には子供の世界がある。ここまでは自分たちだけで解決するという領域があるはずだ。パパもすぐに教師(この場合、教師ではないのだが)に言いつけるような奴は嫌いだ。

「どうでもいいんじゃないでしょうか」
パパが発言する。浮浪雲を気取ったつもりだった。
正面から受け止めていると、硬直してしまうときがある。そんなときは、ちょっと引いてみることも必要だ・・・と言いたかった。
「みんなに相談されているんだよ。どうでもいいなんて言えるわけがない」
もっともだ。ここはママに任せたほうが良さそうだ。

職場でもこの種の問題が起きることがある。
「あほか」と思う。「そんなことはどうでもいい」と思う。
「何のためにここに来ているのか。ここにいる目的は何だ」と切って捨ててきた。
それはもしかすると間違いだったのかもしれない。

娘とママの話は続いている。
「もう少し何か食べないか?」という提案は無視されたままだ。
パパはそれをいいことに3杯目のビールを注文した。
ママが咎めるような目つきでパパを見る。
蚊帳の外に置かれていることに抗議するように煙草も吸った。

娘の抱える問題に対して、パパはこれまで、いつだって解答を用意できた。
けれども娘の抱える問題は、いつのまにか重くなっていて、パパは話を聞いたやったり、一緒に悩むしかできなくなっている。
成長しているんだなという感慨よりも、遠くへ行ってしまうような寂しさがある。

それにしても・・・。
パパは今日、会社を休んで検査を受けた。
幸い大事なく、こうしてビールを飲んでいるけれども、結果如何では、それどころではなかったかもしれない。
なのに、誰も「どうだったの?」と聞いてくれないのは、どういうことなのだろう。

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2008年6月26日 (木)

うまくやった人がトクをする世の中

救急車を足代わりに利用、全国で増加…読売調査
救急車「予約」●「タクシーは高い」

救急車を病院までのタクシー代わりに利用しようとする119番が、全国各地で相次いでいることが、主要51都市の消防本部を対象にした読売新聞の調査で明らかになった。

急病でないにもかかわらず、「病院での診察の順番を早めたい」という理由で、救急車を呼ぶケースも目立つ。昨年1年間の救急出動件数の5割は軽症者の搬送で、110番に続き119番でも、非常識な要請が広がっている傾向が裏付けられた形だ。

都道府県庁所在地と政令市にある計51の消防本部(東京は東京消防庁)を対象に、最近の119番の内容を尋ねたところ、37消防本部がタクシー代わりの利用など、明らかに緊急性のない要請があると回答。大都市、地方都市とも同じ傾向がみられた。

例えば、「119番でかけつけると、入院用の荷物を持った女性が自ら乗り込んできた」(甲信越地方)ケースや、「119番で『○月○日の○時に来 てほしい』と救急車を予約しようとする」(関西地方)事例が多い。症状を偽る人もおり、甲信越地方の60歳代の男性は「具合が悪くて動けない」と救急車を 呼びながら、実際は緊急の症状はなく、あらかじめ病院に診察の予約を入れていた

風邪程度なのに、「救急車で行けば、早く診てもらえる」と思って119番する事例も、28消防本部で確認された。

病院では救急外来の患者の重症度をまず看護師が判断する場合が多い。しかし、山陽地方では、切り傷で搬送された患者と家族が、診察の順番を待つよう告げられ、「救急車で来たのだから、優先的に診察するのが当然だろう」と詰め寄った。

診察待ちをしている人が、病院を抜け出して119番するケースも7消防本部であった。
関東地方では、50歳の男性を病院に搬送すると、先ほどまで待合室にいたことが判明。男性は「順番が来ずにイライラし、救急車で運ばれれば早まると思った」と語った。

51消防本部で昨年1年間に救急車が出動した約232万件のうち、安易な要請も含めた軽症者の搬送は約117万件。厳しい財政事情から救急隊の増員が進まず、重症者への対応が遅れるなど支障も出ている。
(2008年6月23日 読売新聞)

この国はここまで壊れてしまっているのか・・・。
自分が救急車を呼んだことで、もしかすると、本当に重篤な人が命を落とすことになるかもしれないと想像しないのだろうか。
「救急車で来たのだから、優先的に診察するのが当然だろう」と詰め寄る人がいるという話を聞くと、暗澹とした気持ちになる。

本来的には、このように非常識な人間がどうして出てきたのかを考え、抜本的に問題を潰していく必要がある。けれども、命が危機にさらされているのだから、当面起こっている問題には絆創膏を貼らなければならない。

罰金を取るべきだという議論がある。けれども、こうした人は、「金を払えばいいんだろう」と考えるような気がする。却って安易な出動要請が増えてしまうのではないだろうか。
救急車をタクシー代わりに使った人は、本来、救急車を必要としている人の状態・・・重篤な状態になっていただくしかないのではないかと思ったりする。

どこからともなく、筋骨隆々の男たちが現れて、タクシー代わりに使った人に殴る蹴るの暴行を加える。
立ち会っている看護士が「あ、これくらいで(重篤な状態ですから)もう大丈夫です」とか言って、男たちを止めると、男たちはどこかに去っていく・・・もちろん冗談だけど。

このところのニュースは、我利我利亡者ばかりが目に付く。他人のことを慮ることはなく、出し抜くことばかりを考えている人たちが多すぎる。
何がいけなかったのだろう。どこで間違えたのだろうと思う。

謙 譲の美徳というものを私は親からも教師からも教えられた。殊更自分を主張せず、他人を立てて、控えめであることが美しいと教えられた。それは、大量生産時 代に必要な歯車を生産するために必要な教育だったのかもしれない。けれども、やっぱりそれは美しい身の処し方だと思う。
「どうぞお先に」なんて言っていると、人は「ありがとう」のひと言もなく、当たり前のような顔をして、どんどん先に行き、譲った人はいわゆる負け組に、先 に行った人はいわゆる勝ち組になるような世相。うまくやった者がトクをするというどうしようもなく品のない世相が、人の心を蝕んでいるのかもしれない。

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2008年6月24日 (火)

また偽装。義を唱えるリーダーは現れないのか

従業員らから聞き取り=飛騨牛偽装で岐阜県、農水省
岐阜県養老町の食肉卸売業者「丸明」(吉田明一社長)が表示基準を満たさない等級の低い牛肉を「飛騨牛」として販売していたとされる問題で、県と農水省岐 阜農政事務所は23日、本社など数カ所への立ち入り検査を実施した。検査は午前10時から約10時間にわたり、従業員や元工場長から聞き取りを行った。帳 簿などを回収したとみられ、24日も引き続き実施する。
(時事通信  2008/06/23-21:56)

昨年からこうした事件が報道され、当事者たちは社会的制裁を受けているにもかかわらず、まだこんなことをやっている会社があるっていうことが驚きだ。この国はどこからやり直せばいいのだろうという暗澹とした気持ちになった。

この事件は、テレビでも伝えられていて、こうした事件を起こす会社の社長が今までそうであったように、ここの社長もやっぱり、自分の知らないところで従業員がやったと発言した。けれども、そこからの展開が今回は少し違っていた。

従業員が「お前がやれって言ったんだろう」と社長に詰め寄り、それがオンエアされたのだ。
社長は、従業員だけを集めて、こそこそと謝ったらしいけれど、相変わらずメディアに対してはとぼけたことを言っていた。
テレビを見ているものでさえ構図が丸分かりになっているのに、社長だけが状況を飲み込めていない。結果、傷口は深くなる。
割りを食うのは従業員だ。

救われたのは、従業員はちゃんと誇りを持って仕事をしたいと思っていると感じられたことだ。
全部が腐っているわけではない。腐っているところだけを取り除けば、少しはまともになるかもしれないと思えることだ。

おかしいのは、日本だけじゃない、世界を見渡たせば、我利我利亡者が跳梁跋扈している。
それらを取り締まれるリーダーがいない。

力がものを言う戦国の世で、強大な力を持っていた上杉謙信は、その力を「利」ではなく、「義」のために用いた。その謙信の薫陶を受け、実践した直江兼続が2009年のNHK大河ドラマの主人公になる。今の世の中はどこかおかしいと皆感じているのだ。

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2008年6月23日 (月)

6月20日の夜

休み明け提出の企画書が進んでいなくて、とても追い詰められた気分だったのだけれども、Kさんから「久しぶりにSが来ているから、出ておいで」と連絡をもらって、いそいそと万代の「五郎」に出かけた。
Sさんと会うのは、たぶん15年ぶり。Sさんは、ある番組のロケでロンドンにいったときのカメラマンだ。
約束の時間より少し早めに「五郎」に行った。
週末ということもあって、店内はグループ客でいっぱいだった。
ほどなくして、Sさんが現れた。
大きな身体を丸めるようにして入ってきたSさんと目が合った。Sさんは懐かしそうに表情を崩した。
「いや、ご無沙汰」
おしぼりでゴシゴシと顔を拭きながら、生ビールを注文し、近況を語る。
「ずいぶん太った・・・かな?」
「15年前と比べれば、10キロ以上は太ったかな」
「けど、変わらないな」
「Sさんも変わらないね」

早稲品種の黒埼の枝豆を多めに、それから夏牡蠣を人数分、生蛸を注文する。
「アブラが高くて、烏賊漁が出来ないそうだね」
早くも生ビールを空けたKさんが「麒麟山」を注文する。

「普段、日本酒は飲まないんだけれど、新潟で飲む酒は別物だね」
Sさんが嬉しいことを言う。
「〆張鶴」、「八海山」・・・立て続けに2合ずつ日本酒党のKさんが注文をする。

映画の仕事が長かったSさん。仕事が減って、転身を余儀なくされたと聞いていたけれども、最近、日本映画も製作本数が増えているから、仕事も旧に復しているのではないかと水を向けてみる。
「今の映画はみんなデジタルだから、我々の出番はもうないんだよ。フィルムで撮ろうってのは、もうないんだよ」
「映画って、フィルムで撮っているものだと思っていたけれど・・・」
「フィルムは現像して、焼いて・・・今だったらCGでペロッと出来ちゃうような絵も合成で作ろうとすると、フィルムをたくさん使うことになるからね。金がかかりすぎるんだよ。技術者も少なくなっているよ」
「今はハイビジョンでフィルムとそん色ない絵が撮れちゃうからなぁ」
かつてはSさんと映画の仕事をしていたけれど、いち早くテレビの世界に転身したKさんが少し寂しそうに言う。

ロンドンのころは、みんなまだ30代だった。
キツキツの撮影をこなして、パブで飲んで、さらに宿で飲み明かした。
仕事に対して一途な思いがあった。そしてそれが未来を切り拓くことを信じていた。
体力もあった。

2軒目の店で女の子をからかいながら、バーボンを飲んだ。
「こういう臭い酒を飲むのは久しぶりだな。昔みたいだ」
「ロンドンではスコッチを飲んでたんだっけ、さすがにバーボンは飲まないよね」
「確か、ビールまたビールだったよ」
「ビール、安かったもんな」

12時を過ぎるころ、Sさんが「さて・・・」と立ち上がった。
店を出て、まだにぎやかな街に出た。
夜風に吹かれながら少し歩いて、タクシーに乗った。
「じゃあ、また」

「お客さん!お客さん!!」
運転手の責めるような口調でハタと我に返った。
無意識に煙草に火を点けていたらしい。
赤信号で止まった車の窓を開けて、煙草を投げ捨てた。
「禁煙だった。悪かったね」
煙草の赤い火種が放物線を描いてアスファルトに落ち、ころころ転がるのをぼんやりと見ていた。

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2008年6月22日 (日)

トーラさんのブログ

毎日jogjob日誌 by東良美季
トーラさんのブログはほぼ毎日読んでいる。

私 は猫よりも犬の方が好きだし、ジムにも通っていないし、ジョギングをする気もない。トーラさんがブログ以外で書いている文章を読むこともないし、もちろん トーラさんのことについて、私は何も知らない。けれどもトーラさんのブログに惹かれて、毎日のように読むのは、文章のうまさもそうなんだけど、「大きな何 かを乗り越えてきた後の平穏」のようなものを感じているからかもしれない。それは、台風一過の清々しさと、何でもない日常をコツコツと積み上げることの正 しさ、愛おしさにつながっている。

トーラさんのブログと出会った経緯は忘れてしまったけれども、「どんな平凡な日常にも見るべきモノはある、という慈愛に満ちた眼差しで読んでやってください」という言葉にブログの真髄を感じ、自分もブログというものをやってみようかと思うに至ったことは、よく覚えている。

トー ラさんの言葉に押されて、はじめたブログだけれども、振り返ってみると、自分のブログは何か殺伐としているなと思う。トーラさんほど文章は上手くないし、 突き抜けたものを持っていないので、それも致し方ないと思うけれど、日常をコツコツと積み上げる方向での記録も増やしていきたいなと思っている。

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品性に欠ける人たちがのさばる国に未来はない~川淵会長の発言とマスコミの感性

川淵C、岡ちゃんを絶賛「オシム以上」
日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(71)が、日本代表の岡田武史監督の指導を「オシム以上」と評価した。16日、タイ戦(14日)の視察を終えて帰国し、「岡田監督に全幅の信頼を置いて、最終予選を突破できると確信を持った」と総括した。
現地では練習を視察し、緊張感あふれるムードを感じ取った。「はっきり言って岡田に代わってからはカリスマに欠けた感じがあったと聞いていた」と打ち明け たが、現場を見て一変。「ピリピリしたムードはオシム以上のものがある。安心して見ていられる」と、3月のバーレーン戦をきっかけに鬼軍曹に変身した指揮 官を絶賛した。
9月には最終予選を控えるが、「W杯に出ることが第一だが、出たら1次リーグ突破、ベスト8が大前提になる。世界と戦えるチーム作りを」と、要求のハードルも一段、高く上げた。(ディリースポーツ)

川淵会長は、ちょっと前に岡田監督解任を示唆するような発言をしていたのではなかっただろうか。
こういう人の下で仕事をするのは嫌だろうなと思う。
苦境に陥った部下を庇うどころか解任をちらつかせておいて、結果が出ると手放しで褒め、はしゃぐ。・・・一ファンじゃないんだから。当事者意識はあるのだろうかと疑いたくなる。
結果に一喜一憂するファンやマスコミに対して、「大丈夫。彼はきっとやってくれます」とか何とか言って、デンと構えていて、決断するときは決断する。もちろん自分自身進退も含めて。それが川淵会長の立場だ。
監督を批判し、更迭をほのめかしたりするのは、そのまま監督を選んだ人に帰っていくものだと思うけれど、なかなかそういうふうにならないのが不思議で仕方がない。

勝負の世界だから、結果が出せなかったら、辞めなければならない。岡田監督はそれを承知している。
バーレーン戦で敗れた後、「これからは、オレのやり方でやる」と発言したのは、結果が出なかったら辞める、けれども自分の思うようにやった結果でなければ悔いが残るということだったのではないかと思う。
オシム路線の継承を望んだ川淵会長にとっては、この発言を面白く思えなかったから、それでダメだったら辞めるんだろうなということになったのではないかと勘ぐっている。そこに指名した側と指名された側の信頼感がないことが悲しい。

この記事を取り上げたのは、見出しになった「オシム以上」という言葉に嫌悪感を感じたからだ。
川淵キャプテン、岡ちゃんを絶賛「オシム以上」
事務方のトップに過ぎない川淵会長が前線で戦っている監督のことを他人事のように論評することを、私は不愉快に思っている。それなのに、志半ばで病に倒れた前監督を引き合いに出して論評するとは・・・なんて思い上がったやつなんだろうと思った。
記事を読むと、川淵会長が「オシム以上」と言ったのは、「練習の緊迫したムード」についてのようだけど、やっぱり上からものを言っているような態度が感じられて不愉快だった。

ワールドカップが終わったら、サッカー界から身を引くとまで言って、不退転の決意で完全燃焼する覚悟を示している岡田監督に対して、7月退任以降、院政を 敷くのに躍起になっていると言われる川淵会長と、日本代表監督を「岡ちゃん」呼ばわりするマスコミ。サッカーの世界だけではないけれど、この国は、どうし て品性に欠ける人たちがのさばるのだろうと思う。

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2008年6月10日 (火)

報道ステーションと古館伊知郎の間違い

6月9日の放送で、「皆さんはどう思いますか」と古館さんが言うから、言わせてもらおう。

古館さんの言い訳は詭弁だと思う。
正直にテレビ報道のあり方について問題をあげ、反省し、詫びるべきだと思う。

報道は政府与党に対して、批判的な姿勢でいい。権力は腐敗するから、監視する必要がある。
だからと言って、何をやってもいいというわけではない。
取材によって、明らかになった事実について、分析をし、権力の驕り、誤りをあぶりだしていくということが必要だろう。

なのに、報道ステーションでは、そうした地道な作業をすることなく、政治家が笑っている場面を取り上げて、古館さんは、「笑っている場合か!」と言った。
実に安直で薄っぺらで、報道と言えないと思う。

政治家だって笑う。人間だもの。四六時中しかめっ面をしていたんじゃ身が持たない。
笑っている場面だけを取り上げて、笑ったことに関して論評するのはフェアじゃない。

6月9日の放送で古館さんは、「問題がたくさんある中で、政治が役割を果たせていないのに、笑っているヒマなどないのではないか」ということを言いたかったというようなことを言った。
そもそも当日のニュースはそのような文脈で作られていない。取ってつけた印象は拭えない。
百歩譲って、古館さんの真意がそうだったとしても、では、報道はどうなのか。テレビはどうなのだろうか。
キチンと役割を果たせているのか。
「たくさんある問題」がこれまで明らかにならなかったことに関して、報道の責任はなかったのか。

テレビ番組は「あるある」問題でも明らかになったように、年収2,000万円の社員が銀座、赤坂、六本木で遊んでいる間に、年収300万円の孫請け社員が徹夜で作っているという一面がある。出演しているタレントさんの出演料も法外だ。

政財官の権力者たちがお互いの利益のために都合のいい社会を作り上げているということは、前から分かっていたことだ。けれども、支配されている側は、 ちょっと行き過ぎじゃないかと感じているのが現在の状況ではないか。これ以上やられたら、支配されている側は生きていくことさえできない。そこまで追い詰 められて、ようやく声をあげている。その切なさをもっと汲み取って欲しい。

マスメディアはどうか。間違いなく権力者サイドの人たちだ。構造的な問題を内部に抱えている。
その問題を自ら認識し、解決しようとしているとは、到底思えない。
権力を維持しようと汲々としている。

マスメディアだって、笑っている場合じゃない。
ところが、テレビは商売とはいえ、あまりにも安直で、下らない番組を垂れ流している。
政治家は関係のない場面でも笑うことは許されないのに、テレビはそれでいいのか。

テレビは笑いを提供するべきではないとは言わない。
人には笑いが必要だから。

自分のことを棚に上げないと人のことは言えない。
しかし、そんなことを割り引いたとしても、今回の報道ステーションのコメント、フォローのコメントはあまりにもお粗末だ。

古館さんは報道の人ではなく、エンタティメントの人だと思う。
そもそもキャスティングに問題があるのだろう。
古館伊知郎さんは、行き先の違うバスに乗っていると思う。
それは古館さんのためにも世間のためにもならない。
少なくとも今のスタンスでは。

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2008年6月 5日 (木)

娘の運動会

運動会と言えば、秋だと思っていたけれども、娘の通う小学校の運動会はいつもこの時期だ。
聞くところによると、数週間のズレはあるようだけれども、近郊の小学校は概ねこの時期に運動会をやるらしい。
い つから運動会をこの時期にやることになったのだろう。古い世代にとっては、やっぱり東京オリンピックの開会式が行われた10月10日あたりに運動会をする のが、気持ちの上でおさまりがいいけれども、今や体育の日も10月の第2月曜日になったりしているから、そうした感覚はもう過去のものなのかもしれない。

娘 の通う小学校の運動会は、土曜日の予定だったが、雨で日曜日に順延になった。日曜日も雨になると、火曜日に順延される。平日に順延されれば、仕事を持って いるパパもママも観戦に行けない。娘もパパもママもじいちゃんもばあちゃんも何とか晴れてくれと祈るような気持ちだった。娘は3つもてるてる坊主を作り、 なかなか上がらない雨空を恨めしそうに見上げた。
夜半になっても雨は上がる気配がなく、パパは「明日はダメかなぁ」と嘆息した。

運動会の1ヶ月前くらいから、娘がする話は運動会のことが多くなった。
一緒に風呂に入ると、自分の所属する「青組」の応援歌を大きな声で練習する。
「今日、80メートル走で雄太郎に勝ったんだよ」
娘がとても嬉しそうに話した。
「そうか。すごいな」
同じ学校に通う従兄弟の雄太郎は、スポーツ万能である。それは周りの誰もが認めていて、娘もスポーツでは雄太郎に敵わないと思っていた。
「ミニバスをはじめたからだよ」
小学生のころは、ちょっとしたことで身体能力がぐんと上がる。娘はそれが素直に嬉しく、ミニバスが面白くて仕方がない。
「そうかもしれないな」
「運動会では雄太郎と同じ組で走るんだよ」
運動会では事前の記録で組み分けされて、遅いタイムの子から走ることになるらしい。娘は最終組で、学年チャンピオンを決める決勝レースということになる。聞くところによれば、他にもライバルがいて、娘は雄太郎と1、2着できれば最高だと話した。
「でも・・・雄太郎に勝てるかなぁ」
「一番練習した人が勝つんだよ。勝ちたかったら、練習するしかない」
「そうかぁ」
アメリカの著名なバスケットボールのコーチが言っていた。「勝ちたいという意欲は誰にでもある。重要なのは勝つために準備する意欲だ」
パパは準備する意欲が希薄だったから、何をやっても中途半端だったけれども、努力家のママの血を半分引いている娘はどういうことになるだろう。

日曜日の朝。ベッドルームにこぼれる強い日差しと娘の声で目が覚めた。どうやら晴れたらしい。
「パパ、起きて、朝ごはんだよ。今日は運動会だよ」
「晴れたねー。てるてる坊主が効いたなー」
娘は嬉しそうにうなづいた。

パパ、ママ、2組のじいちゃん、ばあちゃん、叔父さん夫婦と従兄弟2人、雄太郎のママとばあちゃん・・・総勢12人の大応援団が80メートル走のゴール付近に陣取った。
陽射しはジリジリするくらい強くなってきたけれど、少し強めの薫風がグラウンドを渡って心地いい。菓子や飲み物を揃えて、ピクニックに出かけたようなにぎやかさだ。

80メートル走は最初のプログラム。パパたちのビデオカメラにみつめられて、歓声の中、レースが進む。いよいよ最終組。
レンズの中の娘はやる気満々で少し緊張しているようだった。
「あんまり堅くならないで、思い切り腕を振って走るんだ」
レンズの中の娘に語りかける。
「パーン」
ピストルの乾いた音が鳴って、娘はフライング気味にスタートした。
先頭。
「いいぞ」
ところが、雄太郎は中盤で加速すると、ぐんぐんとスピードを上げた。
その走りにはまったく気負いがなく、天性のもので、余裕の表情でゴールを走り抜けた。
「ディープインパクトだ」
競馬好きの弟が笑った。
終盤、勝敗が決したように見えた後、娘はつっかえ棒が外れたように失速し、4位に終わった。

娘の席まで行って、話しかけた。
「何等賞だった?」
「敢闘賞だった」
さばさばとした表情で娘は答えた。
「最後の方で力を抜いただろう。あれは良くないな。最後まであきらめないで走らなけりゃダメだ。結果よりもそういうことが何倍も大事なんだ」
「うん、そうだね」
「ちゃんとした走り方をすれば、まだまだ早く走れるよ。腿を上げて、腕を強く振るんだ。パパが今度教えてあげるからな」
やっぱり敵わないとあきらめたらそこでおしまいだ。中途半端に頭がいいとそういうことになってしまいがちだ。来年もやっぱり雄太郎には敵わないかもしれない、男女の身体能力の違いがあるから、差はさらに広がるかもしれない。けれどもあきらめることはしてほしくなかった。

その後のアトラクションレースで、娘は1等賞になり、娘と雄太郎の所属していた「青組」は、総合優勝した。
運動会後のミニバスの練習に参加し、夕方遅くに娘は帰ってきた。
玄関のドアが開く音がして、バタバタとリビングに駆け込んでくる。
Vサインをして、満面の笑顔だ。
「応援賞もとったから、W優勝なんだよ」
「すごいなー」

娘が味わったちょっとした挫折感、それから仲間たちみんなで勝ち取った優勝の喜び。いろんなことを経験しながら、成長していくんだなとしみじみと思った。
「今日は寿司でも喰いに行くか」
娘の笑顔がパパは何よりも嬉しかった。

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